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DATE: CATEGORY:城館探訪
2008年11月23日のW氏初の栃木県城館探訪の模様を写真と共に書く今回のシリーズ。
赤見城、大門館と秋風に吹かれながら徒歩にて近くの城館跡をぐるりとまわる。

●横小路城
県道沿いによく見れる横小路城の土塁。
規模の大きさから「大門城」とも呼ばれるとされる城館跡。
赤見城城主、赤見伊賀守は永禄元年(1558)に佐野泰綱に元旦の拝賀をしなかった為に攻められ、赤見城より追われてしまった。
後の永禄六年(1563)に赤見に帰る事を許されたものの、赤見城は没収される。代わりに赤見伊賀守が入城したのがこの横小路城ではないかと言われている。

先の大門館を見て、この辺りでも遺構の破壊が進んでいるという事を実感されており、
どの位遺構があるのか・・・そんな事で調査。

ミラーで土塁の高さがだいたい分かる??
おお、いい感じに県道沿いに土塁が残っている。
先ほどの大門館でガッカリしていたW氏も、この土塁を見て少しだけテンション回復した模様。
写真のミラーと見比べれば、土塁の高さがわかるかと。

土塁は登ってみたいもの
ふむ、土塁は登ってみたくなる。
幸いに雑木林になっていて、さりげなく土塁に登る事ができた。
どうしても土塁に登るとこういう写真が撮りたくなる・・・。

土塁の写真をもう一丁
ここはW氏と好みが合ったようで、お互いに土塁の撮影を敢行す。
割と交通量の多い道路沿いにも関わらず、色んな角度から撮影をするする。

堀は・・・消えてる??
「佐野市史 資料編1(昭和50年発行)」によると土塁と堀があるとされている場所に移動する。
こちらは残念ながら喪失しているようで、遺構を発見する事ができなかった。
もしかして・・・場所を間違っていたのか?


県道沿いの土塁が残っていたという成果を得て、W氏と共に次なる城館へ移動するのであった。

<< 続く >>
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