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DATE: CATEGORY:城館探訪
2008年11月23日のW氏初の栃木県城館探訪の模様を写真と共に書く今回のシリーズ。
前回から実に4ヶ月ぶりになったが、続きを書くとす。

●赤見城
赤見城の標と縄張り図
藤性足利氏によって治承二年(1178)に築かれたとされ、その後戸賀崎氏が当地に住み子孫は赤見を姓にしたとされる。永禄二年(1559)佐野氏によって攻め取られて以来佐野氏の支城として、佐野氏の滅亡する慶長十九年(1614)まで足利方面の要衝となったという。

今回、W氏が最も期待していた城館跡だけに、幼稚園を取り囲むようにかなりの高さの土塁がめぐっている。何気に佐野市には何度か訪れているが、当方は今回が初訪問。

赤見城縄張り図
よく参照される縄張り図。縦長だったのでカメラを傾け撮影する、写真の上が西になる。
拡大しないと遺構より道路の方が目立ってしまう。

赤見城土塁上より
W氏が平日の訪問は控えた方が良いと言われたのは、本曲輪が思い切り幼稚園になっているからである。
確かに土塁の上からいい年の男性二人が園児たちに向けてカメラを向けたら・・・通報されるのう。

土塁トンネル
実はここは土塁にトンネルが掘られてしまっている。
この土塁トンネルを見るのは群馬県の大胡城に次いで2箇所目。



そんな訳で土塁周りを何度も撮影したが、撮れてる写真は他のサイト様と同じようなものばかりなので、以下省略す。
W氏は大変お喜びになって居られたが、こちらとしては「遺構が残っている城館跡」に対する喜びが薄くなっているような・・・。
消えた遺構はどうなっていたか?それを考えるのが最近好みになってしまっている我が身の特異さを感じるのであった。

<< 続く >>
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