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DATE: CATEGORY:城館マガイ地巡り
「山頂に怪しげな削平地」ばかりを見つけているので、城館跡以外に山頂に削平地を作る理由は?
と色々と考えてしまう。もっと色んなケースなどを考慮して、削平地の真実に近づきたいものだと思うものなり。

さてさて、今日も天気が宜しいので、マガイ地候補である飯能市本陣山へ。
ここは山頂があくまで自然地形なのは確認済みなので、『本陣平』と呼ばれる候補地へ行く事にした。

続きは下をクリックです。
本陣山麓
そんなこんなで来たのはいいが、駐車場探しに苦慮する。
山間だから平地が少ないのは事実で、ちっと人里離れたところに車を停め、川を渡り本陣山の麓へ。

山道
なんとか墓地に続く道を発見し、山へ続く道を探してみるが・・・発見できず。
そんなときは直登あるのみ。

尾根その1
獣道に沿い、なんとか尾根の一つにたどり着く。
うーん、ステキな程の自然地形なので、そのまま登って隣の尾根を調査する事に・・・。

堀切???
!?
なんとなくではあるが、堀切のようにも見える。
山をショートカットする為の峠道にも思えるが・・・答えはこの先に進めば見えてくる。

平場?
なんとなく平たく見える地形ではあるが、微妙な地形である。
更に先に進んでみる事にした。

きたか?
なんとなくではあるが、この先の地形が独特な雰囲気を帯びてきた。
もしかするともしかするかも知れない・・・。

土橋
おお!!
これは95.49%の確立で「土橋(DOBASHI)」であると思われる地形が現れる。
しかもこの先には・・・

削平された地形
きました!平場(曲輪)でございます。
ここはほぼ5m×5m程の地形で、今までにないほど綺麗な平地である。
この先から振り返ると・・・

ヒラバ
ちょっと木が邪魔しているが、いい感じの地形である。

本曲輪と思われる場所
いやー、ここもいい感じに削平されている。
ここは北に向かって先細りになっているが、それでも結構なスペースがそこにはある。
その先細りになっている方へ向かってみた。

堀切
ふむ、これぞ当方がもっとも見たかった遺構「堀切」の典型的な形状である。
ちなみに一人で山城に行った時は、この堀切にはまって周辺地図を広げながら考えふけるのが好きだったりも。

堀切の横顔
ここを横から見るとこんな感じ。
これでも後ろに落下するギリギリの場所で撮影したので、微妙な写り具合になっている。

問題はここからの眺望がどの程度なのか?
地図を広げると分かるが、畑井集落の南南東の山尾根で、この尾根を迂回するかの様に高麗川と国道299号線が曲がっている。
つまりは木さえなければ比高差50m強の高さなので、周辺が手に取るように見える。
気になる正丸峠の眺望は・・・

見える稜線
若干の誤差があって正確ではないが、木々の間より正丸峠のある稜線がくっきりと見る事ができた。
これで秩父方面からの異変へも対応できたと思われる。
ちなみに吉田山城への繋ぎを考えると、途中で尾根があるものの、吉田山城の標高がある程度あるので、現地から直接見る事は可能であると思われる。
(木が茂っているため、未確認)


今回行った遺構の所在地はこちら → いつもガイドへリンク


さらにヘタではあるが、今回の場所を大まかに図示すると下のようになる。
本陣山の図
もしかすると当方の思い過ごしの可能性もあるので、ここには皆様で行っていただき、地形が城館跡であるか否か?確かめていただければ幸いであったりも。

コメント

やりましたね~

こんばんは、おめでとうございます。
やっちゃったんじゃないの~という感じです(笑)
この時期にしては遺構が明確に写っておりますね。
イメージ図で見ると良い感じですね。
比高差もあまりないようなので近いうちに訪れてみたいと思います。
これを発見したときは物凄く興奮したのではないでしょうか(笑)

コメント感謝でございます

実は和平様より本陣山には本陣平という地名があるという情報を以前うかがってはおりました。
平場があればいいなっという程度で探訪しましたが、ここまであるとは行った私がびっくりしておったりも(笑

訪問方法ですが、近くに老人ホームがあり、その脇にある尾根を経由して行くと楽かも知れません。ただ、この後私は尾根を下ってしまったので道があるかは少々分かりません。
ともかくまともな道が無いに等しいので、藪突撃装備だけは怠らずして行ってくださいませ。

また「城館ではない要素」などがありましたらお知らせ下されば幸いに存じます。

川又城に続く快挙かと

今晩は。
先程まで仕事をしており遅参致しました。

この度は誠に以て祝着至極に存じまする。
河又城に続く快挙と存じます。
本陣平の地名につきましては、確か「飯能市史」の「地名編」に名称のみが掲載されていたように記憶しております。

最近はクマの問題等により、飯能方面から遠ざかっておりました。
厳冬期に吉田城、河又城とあわせて訪問させていただききます。

城館であるかも定かではなく・・・

マガイ地ばかり彷徨っている為か、あれが「城館跡」という実感がイマイチ沸かなかったりもします。

私も飯能市史地名編を参照させていただきましたが、記述されていた場所と今回の場所は少しばかりズレがあったりもします。
地名編にて記載されている箇所はまだ未調査ですので、いずれ日を見て再訪問したく存じます。

それにしても「本陣」という地名自体陣城であったという事で良いのか?また陣城であったとするならその合戦はいかなる物だったのか?色々と背景が不透明であったりします。
ブログを付け足しておくと、この先に植林された平地がありまして、少し削平が甘いとはいえ根古屋として活用されていた可能性も否定できません。
自然のモノかどうかは分かりませんが、平地の終端には竪堀状の地形があり、正面は高麗川が高さ6m程の深い谷を刻んでいますので、ここに降りた後は脱出が大変でございました。

長くなりましたが、吉田山城は標高が、河又城とここ(地名を取ると畑井城になるのか?)は獣道しかありませんので、探訪の際には滑落などに充分お気をつけくださいませ。
和平様の目から見た踏査結果を楽しみに致しております。

本陣山

お、これはと思って地図を見ました。
いつか本陣山に行ってみようと、地図に蛍光ペンだけ引いてありました(笑)
ところが登り口が分からない、他に行くべきところが残されているというまま放置状態に。
子の権現に行く時は麓を通っているはずですが・・・

それにしても本陣平の発見とは恐れ入りまする。
ここまで立派な遺構があると、どなたの本陣か知りたくなりますね。

頂上でないのが

「山城=山頂付近にある」という概念に囚われると、見つからないというのが今回の調査でよく分かりました。
あくまで「見晴らしの良い要害」という条件が備われば山頂でなくても良い訳で、中世の武士たちが「機能だけをとことん追及した城」を作ろうとしていたのがよく分かるケースでございます。
言い換えれば余計な城は作らなかったという事になりますので、当時の状況を見極めて探してみると城館探訪は推理小説以上に探求する楽しさに満ちているといえますね。

現地は陣地にするには少々手狭ですので、有事があったときの拠点として活用する予定であったのかも知れません。となると遺構は秩父方面に向かって築かれていますので、戦国期であれば北条氏が武田氏の侵略に備えて作った城の一つとも取れそうです。

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