最近はちゃんとした中世城館に訪れることがめっきり減った。
なぜならマガイ地巡りに没頭しているからである。
そんな訳でカテゴリーに新たに「マガイ地巡り」を追加。
さてさて、どうなる事やら。
今回は長いので、読みたい方は下をクリックしてくださいな。
今回は旧名栗村名郷の怪しい地点を調べようかと思ったが、どこも有料駐車場しかないのでパス。
変わりにゾクゾクっと興味が沸いて来た横瀬町の長渕城探しに向かうことにした。
ポイントとして現地は横瀬町芦ヶ久保長渕付近にあるという事。街道を面した地形である事、などから遺構を追跡する。
なお駐車場が近くに無かったので国道299号線の橋下に停めさせていただいた。

街道が見えそうなこの地点を調べてみるが、周辺の山が割と高く眺望は望めない事が分かった。
それで戻ろうとすると・・・。

意味ありげな古道を発見。道は緩やかな尾根を削りながら峠に向かっていた。
今回は長渕城探しなので、途中で引き返す。
もしかすると・・・意外な物が発見できるかも知れない。
そのまま南下し、長渕集落の集会所まで来る。
ここで怪しまれる地形は二つある。両方とも横瀬川の支流に囲まれており、要害としては申し分ない。
そのうちの一つに行く事にした。
現在の県道から旧正丸峠へ向かう林道がある。横瀬川を渡す南沢橋を渡ってすぐ右の山が怪しかったので直登す。

ふむ、見事な空振り。
周辺の地形を見ると眺望にあまり優れず、物見の砦にはふさわしくなかった。
そのまま尾根を上がって、途中で古道に合流する事にした。

途中で広い場所に出た。何気に小さい祠もあり非常に気になる。
川が蛇行しており、現地はちょうど直線距離に位置する事もあり、なんらかの施設があったのだろうか?

っと途中で木がごっそりはがされてる場所を発見。下は岩になっており、木の根がしっかり根付かなかったのではがれた模様。これは台風によるものか?地震によるものか?

すぐに古道の切り通しに出た。
生活城館病にかかるとこれが堀切に見えてしまうから困る。
ちなみに後で伺った所によると、これは地元の方の生活道で、昔畑を耕す時にこの道を使ったのだとか。
そのまま道を戻ってみた。

しばらく進むと林道と合流する「追分」へ出た。それにしても変わった木で特徴がある。
残る可能性は入山であるが・・・ちっと困った事が発生。それは・・・

入口は思い切り立ち入り禁止看板が・・・
はて?入山は入れないのか?
改めて麓に戻り、入山への登り方をたずねると、どうやら先ほどの南沢橋を渡って直ぐに神社があり、そこにかかっている丸太橋から入山に入るようである。

入山の山頂に来た。一部木がないので非常に視界が良い。
何気に景色に気を取られて、この神社がなんであるか調べるのを忘れた・・・。

山自体沢に囲まれ、真下には国道と県道を眼下に収めている。
なによりこの地が気になるのは

2段に分かれた平場である。
一つ目は神社のある場所、その北方向に一段下がったこの平場がある。
しかしながら堀切などは見当たらないので、城館跡という説得力には乏しい。
眺望の面と要害性、物見などの設備などの観点から、この入山が長渕城の有力候補か?
この時点で2時になり、どうしようかと考えた所。二子山に登ってみたくなってきた。
ここも伝承には北条氏邦の物見があったと言われており、前回行った時にその眺望のよさは確認済みである。
今回は二子山を通っていたという古道の確認と、山頂部の構造をよりよく見るために再訪問する事にした。

前回は甲仁田山に直登したが、今回はそんな時間はない。
したがってNTT社の芦ヶ久保無線中継所への道を使う事にした。
この道は車では通行不可だが、歩行では良いという事は横瀬町役場にて確認済みである。
柵の脇を通り、歩いていく・・・。
徐々に雲が出始め、肌寒さが感じられるようになってきた。
周辺では猿が声を出しており、なにやら連絡をとっているような雰囲気に。
柵を抜けて約1時間で甲仁田山と二子山の稜線に出る。
まあ前回も通った道だしと油断していると・・・。

巨大な岩が尾根を広く占領している。
あれ?数年前にこれはあったか?ちなみに岩の脇は絶壁で、どうしても岩を乗り越えていかなくてはならない。
・・・これがあれば堀切なんて必要ありません。

久々の二子山(雄岳)の平場に到着。
うーん、やはり広い。ちなみに尾根は三方に延びているが、どれも急傾斜で登るのに一苦労する。

一部木の茂っていないところがあり、そこから秩父盆地を眺めることができる。
分かりづらいが左半分中央に両神山があり、それよりやや中央寄りに小鹿野の二子山を見る事ができる。
ただし、地形の凶悪さは明らかに向こうの二子山の方が上である。

またこの二子山から見る武甲山も好きである。この位の高さになるとほぼ対等に見ているような気分になってくるのが不思議。
しかし、削られた山肌が痛々しい。

三角点のある場所は丁度櫓台の様に残されている。
二子山の山頂はここまでなっているので、物見説は有力に思えてしまう。
さて、例の古道が走っていたという所に赴くとする。

・・・
これを乗り越えて街道が通っていたというのは・・・
かなり無理がある。

写真では説得力がないが、この急傾斜である。
これを登ってきてさらに下っていくのはどう考えても無謀な感じが・・・。
これなら妻坂峠や正丸峠・山伏峠を通過した方が時間的にはるかに早いと思われる。
結局今日はこれにて終了。
有名な城郭好きな方にはさぞかし苦痛と思われる行程であるが、こちらは体力増強をかねて歩いているので割と楽しく歩いていたりする。
そろそろ遠くの城館遺構を見て、目の保養をしたいものだ。
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