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DATE: CATEGORY:城館探訪
強烈な寒波の為、今朝乗り出そうと思った車がガキガキに凍ってしまっていた。ので予定より時間が遅れてしまったが、とりあえず魅惑の足利城を探訪する事にした。

萩原城付近の図

●萩原城(太田市)
田園地帯の城館かと思いきや、すぐ近くを北関東自動車道が建設されて慌しき状況を呈していた。しかも遺構が・・・公園工事??貴重な遺構が破壊されてしまったのか?と慌てていたら、どうやらその東側の集落が推定地だと見受けた。本曲輪と思われる場所は田畑になっていたが、侵入方法が判らず今回は見送り。

丸山の砦遠望

●丸山の砦(太田市)
ここは見事な程の独立峰で、田んぼの中にポツンと山が出来ている感じである。北東方向麓には駐車場があり、車を停めて上がってみるとそこには絶景が待っていた。今まで南の金山城ばかりに目を奪われていたが、ここもなかなか。東側はまったく平地なので、広々とした風景が楽しめる。・・・ここで初日の出拝んだらすごいご利益ありそうだ。機会があったらここで日の出を拝みたいものよのう。

矢田堀城の碑

●矢田堀城(太田市)
金山城の北の守りを固めた城との事ではあったが、宅地化されている事もありあまり期待せずに訪れたが、良い意味で裏切られた。多少分断されているとは言え、土塁と堀が民家の合間を縫う様に残っているのである。これには思わず手を合わせて拝んでしまうほどであった。北西に諏訪神社があり、ここに車を停めて解説板と遺構を見て大満足。

只上の砦付近の河段丘

●只上の砦(太田市)
旧毛里田村役場近くにあり、その役場宿舎も珍しいつくりをしていた。近くに「中内出」という地名も残しているが・・・目ぼしい遺構はなかなか見つからない。しかしながら、北側は少しばかり地形が高く、堀があった可能性もあり得るが・・・

道原城付近の遠望

●道原城(太田市)
別名国斉寺城。渡良瀬川に面して下野国に接し、南は矢場川の作り出した谷に囲まれた幅300m程の場所にある。その場所を回の字に堀で区切っていて、現時点で見る地理では絶好の要害を誇っていたと思われる。・・・が肝心の遺構は宅地や畑になっており、本曲輪には新興住宅地が立ち、新たなるご城主様方が生活を営んでおられた。
最初白山神社付近にあるとばかりに歩き回っていたが、資料の図と違うので広範囲に視線を広げたら、そこより西側であった事がわかった。城跡の西側は北関東自動車道の建設が始まっており、地図上で高速道路が渡良瀬川を渡る地点にあるので、ある意味場所がわかり易くなるかも知れない。だが、僅かに残された堀跡は今は畑になっているのであった。

県道からも見える市場城の堀

●市場城(太田市)
県道を走っていても遺構が直ぐに見れる場所にある。道路拡張でやや土塁を削っているものの、西半分の保存状態は極めて良く、これには興奮度がアップ。だが、東半分は耕地及び宅地になっており、遺構は壊滅している。


ここまでが太田市の毛里田地区の城館跡であった。まだ北側の太田市の唐沢山城やらを見ていないのだが、これは後日に回すものとす。
さて、渡良瀬川を渡り、いよいよ足利城との再会である。

渡良瀬川越しに眺める足利城

●足利城(栃木県足利市)
両崖山山頂に築かれた城で、藤原足利氏が誇る山城である。その眺望と要害性により戦国末期まで残った。
何気にこの城は手間の中において桐生柄杓山城と五覧田城に並び「両毛の惹かれる城」の一つになっているので、今回再訪問出来てよかった。
前回は夕方になっての訪問であった為に本曲輪に着いた時点で日没、下山がヘッドランプをつけながらの山道となったで、じっくりと遺構を見る事が無かった。そのため、今回は大まかな遺構は全て回るつもりで訪れた。
織姫公園に車を停めて行こうとしたのだが・・・紅葉が始まって天気の良い日曜日という「混雑する条件」を見事にパスしている時期であるのをすっかり忘れていた。本来の駐車場には収まりきれない程の車にあふれ、路上に車を停める方も出る始末。手前もそれに便乗して駐車し、足利城へ行く事にした。
・・・結構距離があり、ダウンアップもある関係から、山城のリハビリに丁度良かったのかも知れない。いつくかの絶景を見渡しながら足利城に到着。幾つかの以降をじっくりと拝見する事ができた。
城だけを探訪するなら本城一丁目から登る登山口に車を停めた前回の方が早く行けたように思う。まして今回のような日は特にそちらの方が良かったのかも知れないのう。

稲山城の様子

●稲山城(足利市)
足利市内の城館跡もちょこっと訪問しようと訪れたのは稲山城。本当は東山城や尻無山城に行こうと思ったが、事の成り行きでここに行く事になってしまった。
西側に稲荷神社があり、本殿の側より山道があって、そこから遺構へ行く事ができる。が、素晴らしい藪があって見事撃退された。本当に手前もヘナチョコになったものよのう。

樺山城の遠望写真

●樺崎城(足利市)
本当は凄い山奥だと思って行くのを躊躇っていたのだが、何故か訪れてしまった。樺崎八幡宮の東の山で、地元では城山と呼んでいる。
さて、場所は見当ついているが、肝心の入り口が不明。なので地元の方に尋ねてみるとこれが中世の城であった事を知らなかったらしく、驚かれておった。手持ちの資料をお見せすると妙に関心を寄せられ、折角なので途中までご案内下さるとの事。申し訳ないと思いつつも感謝してお願いする事にした。
どうやらここは地元では別名「きのこの城」という呼ばれ方をされ、きのこを取りにこの城に登るらしい。が、驚くほど明確な山道がない。結構倒木などもあり、大変な状態でありながら「直登が早いよ」とガンガン登っていきます。うーん、地元の方のバイタリティには平伏致します。中腹ぐらいにまで来て「後はこのまま頂上目指して登ればいいよ」とここでご案内終了となった。ここまで明確な登山道のない城館は久々なので、冬季の山城探訪のウォーミングアップも兼ねて登る。うーん、それにしても倒木が凄い。
山頂付近になり三段の曲輪が姿を見せる。ああ、いいなあとそのまま本曲輪へ向ったその瞬間。顔面に思い切り蜘蛛の巣が!
・・・流石にこれには萎えたので引き返す事にした。確か東側の尾根に本来の道があったはずと思い探してみるが、獣道しかない。まあ獣道でもいいやと下っていくと、今度は本当に獣しか通れないような藪が。犬やら猪ならともかく人が通るにはこの藪トンネルの高さが余りにも低いので、上から踏んづけて降りていく事にした。
沢まで来てようやく人の通れるような道が現れた。ここの城ほど直登が有効な城は今までになく、そういった意味で非常に貴重な体験をさせてもらえた。


っと樺崎城で迷っている内に日がかなり傾いてきたので、足利市内にある県立図書館で調べ物をすることにした。2階の郷土資料室にはじっくり読みたくなるような資料がタップリ。わーいと浮かれていたら、今日は日曜日なので午後五時の閉館だとか。しかも、コピーは閉館30分前に依頼しないとアウトらしい。げげ、もう10分しかない!!
手早く本日探訪した太田市と足利市の城館資料を調べ上げ、時間ギリギリに依頼成功。そして無事資料を手にする事ができた。
・・・それにしても足利市の城館資料って何処にあったのやら?全市史の内9割が近代以降。しかも中世城館に関連する記述が殆どなかったような・・・手前の見落としならいいのだが。


かくして今日の城館探訪は実に充実したもので幕を閉じた。足利城で吹き始めた北風がとても冷たくなってきた。こんな中城館探訪できると楽しいだろうなと思いながら家路に着いたのであった
コメント

おかえりなさい

再びこんばんは。
帰ってきましたね『直登の儀一』(笑)
樺崎城はそんなにすごいですか~
何度かトライしてみようかと思っておりましたが
いつもスル~しております(笑)
そのうち私も直登してみますよ。

東毛と足利の城を満喫されたようで何よりです。
それではまた。

史進様へ

読みづらいブログにコメントいただき、ありがとうございます。

考えてみれば樺崎城みたいな城何度か体験していたはずなのですが、妙に初めてな感じが強かったのです。そういった意味で非常に有益なリハビリになりました。

本当は今日五覧田城に行く予定でありましたが、日曜日で帰りに大間々町付近で渋滞に巻き込まれる予感がしたので、また後日に回しました。

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