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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
今日は休みの日だが雨降りだろうと思い久々の図書館通いとなった。行き先は鶴ヶ島市立図書館。で、鶴ヶ島市の中世に対する情熱はなかなかあるものだと資料を調べて思った。いずれ手前も三ツ木屋敷に足を踏み入れてみたいものよ。

と言いつつ帰り際に資料探しをしていてムラっと来た高倉砦の前身というべき「古屋敷」を捜し求めて新所沢変電所へ。
・・・こりゃほぼ遺構が無いと見ていいかも知れん(汗
新造された住宅街が若干高台になっており、これが開発前にはどんな地形をしていたのか・・・既に手がかりは過去の世界に・・・。

お口直しに高倉砦の土塁を見に行く。それで改めて思ったのだが、南側に土塁らしき高まりがあるのだが、あれは高倉砦の遺構の一つなのではないだろうか?1950年に調査した結果を比較すると南側に東西に伸びる土塁と堀があったそうだが、それに該当しないか考えてみた。だがそうすると南北に走る道路が少しずれて図面と異なってくる・・・。
改めて高倉砦については調査をする必要があるかも知れない。

夜はお仕事、行ってこよう。
コメント

夜のお仕事お疲れ様です

塚越です。

本日は高齢者集団を武州松山城へ案内仕候。
相手が高齢者のため大声で説明する必要があり、しかも長時間喋り捲るという必要性からあきらかに咽喉に炎症を発症(笑)

1ヶ月前に下見に訪れた時には木々の間から秩父連山の姿を垣間見ることができましたが、この時期になると隣の郭を見るのがやっとというような状態でありました。

ではまた。

参考になりました

新所沢変電所あたりにあるという情報、以前儀一殿から伺っておりましたが、この近く、川越西部と西大家を一直線で結ぶ裏道にて、私も密かに探しております。
高倉砦の砦主って誰だか書いてありましたか!?

それにしても古屋敷って地名がいいですね~

資料はどれだか忘れましたが・・・

略図で大まかに変電所北側の辺りを「古屋敷」と指していたのですが、その肝心の資料をメモするのを忘れてしまい・・・また一から調べ直しになりました(汗

鶴ヶ島市自体適度な大きさの河川が流れていない為、資料等に名を残すような勢力には成り得なかったようです。一説だと北の浅羽氏と結び(もしくは支配下として)居た豪農ではないかという説がありましたが、これも定かではありません。

歴史に詳しくないだけに調べたくなってきますね。

和平様へ

松山城へのご招待お疲れ様でした。
地形としてダウンアップを繰り返しますので普段から足腰を鍛えていないと、城内を見るのはなかなか大変だったのではないかと思います。

今は建物は無く、土でしか残されていない城に憧れを抱いていただければ嬉しいものですね。

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