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DATE: CATEGORY:城館探訪
今日は本業の方は休みなのだが、健康診断の続きで病院までレントゲン撮影に。秋も深まってきていい感じになってきたのう。そろそろ城館探訪を再開したいものよ。

って夜まで少し時間があるので、まったく行った事が無かった日高市の台城を訪ねて見ることにしたり。


台城(岡城)
巾着田より望む台城

高麗郷土史には「台城」とし、別名を岡城とも呼ぶ。
中世の高麗経家の持ち城としているが、地元では「秀殿の屋敷跡」と呼び、岡上隼之正秀信の城であるとしている。土塁などは長さ61m、高さ3m50cmもあるという。
うーん、今まで秩父行くのに素通りしていた場所だけに行ってみないといけないのう。


遺構のある森

台城は文献などによればあの位置にあるはずだが・・・果たして遺構の保存状態はいかに?


高札場

近くには江戸時代の高札場があったらしい。見やすい所に掲げていた事を考えれば、江戸時代からは確実に交通の要所として利用されていた場所であるのだのう。


遺構の南を流れる水路。沢なのだろうか?

台城の南側を小川が流れていた。これを素直に水堀と見たいが、城側は傾斜になっていて手の加えられた様子は見られない。


御嶽神社の境内

どうやらこの御嶽神社というのが台城の領域になっているように思えるが・・・目の前の石段が高さを語ってくれているようだ。


小口と思われる場所

おお!!思い切り小口してます!!
周囲の土塁の高さもなかなかな興奮させてくれる。


神社の古木

神社には何百年クラスと思われるの老木が境内を見守っているようにある。
この老木が語ってくれるのであれば台城の歴史を聞きたいものだが・・・。


台城北側の堀

遺構の北側は畑になっており、写真のフェンスは堀底に設置される形になっている。
この構造を見ると遺構は明らかに北側に対しての防衛を意識した形になっている。のであればもう少し北側に遺構(曲輪)を作った方が構造上防衛しやすい城館となりそうだが・・・事の真相は不明なり。


突発的に台城に行って見たが、なかなかそそられる遺構が残されていていた。気になってネット上を検索するもこの城に関するサイトはあまり見られないのが不思議なり。この遺構には人に忘れさせる何かがあるのかも知れないのう。


って事で今夜も仕事行って来ますです。
コメント

いいものを拝見しました

「台城」拝見いたしました。
小口の形体は「喰い違い」タイプでしょうか。

さて、ここ数日の気温の低下で、クマ騒動もボチボチ下火傾向に..
いや、朝霞でイノシシ騒動発生!
一体何処から来たものやら..謎のベールに包まれた話題かと。

「遺構まがい」もいい加減に見飽きたので、そろそろ「確実な遺構」も拝みたくなってまいりました。
資料だけは用意してありますので、折を見て近々そっと見学してまいります(笑)

台城はかなり不思議な遺構でした。

本曲輪の所在地は御嶽神社の西側の平場だと思われますが、南側には堀や土塁などはまったくみられませんでした。印象的に「北←(( →南」という感じの作りであるように思われますが、人によっては見方が違う可能性がかなり強いですね。むしろ御嶽神社境内の方が城館の本曲輪とする方が自然な感じがしました。
これほど興味深い城館跡であるにも関わらず、あまり目を向けられていないというのは不思議な感じがしたというのが本音です。

私も遺構まがいという感じのところは訪問しますが、そればかりでは飽きてくるので、程ほどに有名城館を見に行って目の保養をしてきます(笑
有名どころを行った後に無名(もしくは皆無)の遺構を見に行くと私的にテンションが上がってしまうのがいと不思議です。
城館探訪はあくまで趣味、自分の満足いくような探訪をお互いに楽しみたいものですね。


いつもながらコメントありがとうございます。

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