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上記のものを今日初めて食べた。
缶詰入りだったからか知らないが、妙にポソポソしていて・・・まるで繊維がボロボロになった牛肉みたいな食感というのが第一印象。

日本でこの肉を食べていいのかどうかは不明なり。
コメント

鯨と脱脂粉乳で育ちました故

今晩は、塚越です。

お仕事、だいぶお忙しいご様子かと拝察。
くれぐれも余りご無理なとなさらないようお気をつけください。

さて「鯨」といえば我々の世代では、大切な動物蛋白源。
昭和33年小学校2年生から始まった学校給食では、大和煮などに調理されたものを頻繁に食しましたが、とにかく黒っぽい色をした固くて噛み切れない物体という印象が強く残っております。
また、学校の教室の黒板脇の壁の上の方には何故かシロナガスクジラの大きなヒゲが飾られておりました。

なお当時の給食で忘れてならないのは、「ユニセフ」からの援助物資の代表格であるスキムミルク(「脱脂粉乳」)という栄養はあるものの、とても食べ物とはいい難い「代用ミルク」にて。

けっして豊かな食生活を送っていたわけではない時代にも拘らず、必ずクラスの1割くらいは絶対に呑めない児童がいるという代物。
給食当番が途中でこぼしたりすると、クラスの全員から感謝されたりしたぐらいの飲用物でありました。

冷めてくると表面に膜が張って、その状態で飲んだりすると膜が唇に張り付き、無理やり飲み込むと喉に張り付き...供給元では家畜の餌として利用していた類のものと、後年なってから知り複雑な思いが去来したものです。

小学校卒業までこのスキムミルクとは長いお付合いで、「鯨肉」と聞くと反射的にこの「ユニセフ」の援助物資を思い出してしまうのでありました。

今年春に和歌山県太地町の取材に行きました。
美味しかったですねー

ブログ開設していたんですね。
もしよかったらリンクしていただければ幸いです。

おはようございます。

小さい頃にくじらベーコンが食卓によく並んだ記憶あります。周りが赤いやつですね。
あまり好きではなかったので日本で鯨が禁止になった時は心の中で喜んでしまいました。
子供でしたから。

遅れましたがコメントありがとうございます。

昔は日本の食卓でもよく見られたという鯨の肉ですが、捕鯨禁止問題があって見られなくなったのですね。
私の場合世代がそれより後なので、なじみのない食品ですが、和平様にとっては大変馴染み深い食べ物であったというのが文面よりよく感じられます。

小学生時代の思い出・・・そういえば幾つかありますが、あまりいいと思える思い出が少ないような。

地黄八幡様、初コメントありがとうございます。

私のサイトは城館サイトと呼ぶのに疑問を感じるものであった為、今まで公表を控えておりました。

今も城館関連のブログと呼ぶのに疑問符がつくブログではありますが、それでも宜しければリンクの方をお願い致します。
(ただ城館サイトとしての情報量を期待して訪問してきた方々に、ガッカリさせないか心配ではあります)

宜しければこちらも相互リンクという形にさせていただきます。

sada様もコメントありがとうございます。

折角コメントいただいたのに返信が遅くなってしまいまして失礼致しました。
この所、当ブログにも書いておりますが仕事などの関係でコメントの返信が遅くなっております。それでも宜しければコメントを宜しくお願い致します。

どこかで鯨の肉は美味という噂を聞いていたのですが・・・食べて「人を選ぶ食べ物」であると認識しました。自分も初めて食べましたが、そんなに美味しいという印象はありませんでした。
あのポソポソ感・・・でも、人によっては「それがたまらない」という人もいるのでしょうかね。

またのコメントお待ちしております。

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