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DATE: CATEGORY:城館探訪
10月13日は仕事が休みだったので、夏場に鈍った体を鍛える意味合いも込めて、以前から行きたかった群馬県にある高山村中山城へ赴く事にした。

当方の城館探訪は基本的に高速道路を使用しない事を前提に行うので、出発は朝5時前。
久々に訪れる群馬県の城に期待しながら移動。
しかし、途中で寄り道したりしたので、高崎市を越えた辺りから通勤渋滞に巻き込まれてしまった。
天候も心配していたが、無事雲が無い快晴に恵まれた。
右から朝日を浴びながら、我が車は江戸時代の街道である三国街道を北上する。
遠目にみる赤城山が堂々としていてなかなか良い。
途中渋川市から県道35号渋川吾妻線を通る。
榛名山の山すそを通る道なので、向かいの赤城山が大変美しくも見えた。
途中に金井の寄居、祖母島城、柏原城などの諸城があったが、今回は高山村の城館跡限定で訪問するのでパス。
でも見てみたい地形も幾つもあったが、いつか見に行ってみたいものだ。

小野子山を南側より望む
段々道中が険しくなってきた。
信号待ちの時に横を見ると小野子山、中ノ岳、十二ヶ岳の三山がその全容を現していた。
今回向かう城館跡は(大回りしているが)この山の裏である。

中之条町市城の交差点
途中で中之条町市城交差点より国道353号線へ。
それにしてもこの名前は萌えるものがあるのだが、手持ちの資料を見てもこの辺りには城館跡がないようである。
意外と知られていない城館跡はこういうところからポロっと出る事もあり、今後の調査次第というところもある。

中之条町市街より国道145号線を通り進路を北東へ。
いよいよ高山村に突入し、今回最初の城「戸室城」へ向かう事になる。

・・・しかし、久々の城館探訪のためか、村内に入った途端に道に迷ってしまった。
手持ちの地図が6万分の1サイズなので、道路も大雑把にしか書かれていないので迷ったのもある。
戸室城への目印はどうやら「泉竜寺」の南側との大まかな目安があったので、地元の方に聞き込みを行い、ようやく寺の所在地を知り、そこに向かった。

泉竜寺の前、花が綺麗。
車を停める場所が無いので、道幅の広い場所を探して停車する。
途中で泉竜寺の前を通ったが、天然記念物「高野槙」を表す石碑が花壇に囲まれていて綺麗だったので撮影。
青い空と赤と黄の花があり、カラーコントラストはバッチリである。

並木城への誘導看板
おお、道端に城への道順を示す看板が立てられていた。
手持ちの資料では「戸室城」となっていたが、地元では「並木城」で通っているようだ。
なお、城名が山城である「尻高(しったか)城」ともなっているのは、居館も詰めの城も一心同体という意味合いもあるのかも知れない。

並木城内
東側が一段と高くなっており、更に東側も川が流れている関係で急崖になっているという。
傾斜地ならではの城の作りになっている。
ただ、城内の殆どが住宅地や畑になっているので、少々撮影するのが戸惑われた。

並木城南端部
城の南端部は雑木林になっており、その下は宅地になっている。

並木城の解説板
道の傍らには解説板まで設置されていた。
今回の城館跡、歴史背景が和からなかっただけにありがたい。

並木城城内 その2
でも南端部が少々気になったのでちょっとだけ登ってみる。
少し登ったところで犬の合唱が始まり、足元には服に付くあの植物までもが!
これを見て萎えてしまい、行くのを止めてしまったのである。

並木城を北側の泉竜寺付近より見る
再び車の駐車場所まで戻る。
北側より並木城を見てみるが、どうしても北側は眼下に見下ろされるので丸見えである。
それゆえに詰めの城として「尻高城」を築いたのであろう。
その尻高城はというと・・・

泉竜寺付近より尻高城を望む
うわ、あの山か。
少々きついかと思うが、山城のリハビリの為、頑張ってみねば。


次回「尻高城」に続く!!


オマケ
国道沿いに設置されている尻高城への案内板
後で尻高城(並木城)への案内板が国道からの入口にあることを気づいた。
この碑を目印に並木城へ向かえば迷う事が無い・・・と思う。
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