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DATE: CATEGORY:城館探訪
2008年11月23日のW氏初の栃木県城館探訪の模様を写真と共に書く今回のシリーズ。
小見城で萎えてしまったテンションを高めるべく、明確な遺構が残るという興聖寺城を訪問した。

●興聖寺城
興聖寺正門
別名清水城ともいう。
佐野基綱の子吉水太郎国綱が安貞二年(1228)に岩崎義基の為に築かれたとされている。なお、城跡にある興聖寺は寛永十二年(1653)にこの地に移ったというので、江戸中期頃の絵図には本曲輪を水堀が囲む姿が描かれていたという。

「清水城」の標
当ページにおいては興聖寺城として書いているが、寺の山門付近には「史跡 清水城」として案内がある。

迫り来る土塁
土塁はかなりの高さがあり、圧倒させられる。

土塁の上
土塁を伝って西側に向かってみると・・・

県道沿いの城
西側面を走る県道に出た。
比較的交通量の多い道で、しきりに車が往行する。

県道沿いの城 その2
車から通行中に眺めたらこんな感じに映る。
土塁が直接的に見えないので、こちらも何度もスルーしていたような・・・


何気に不安なのは土地所有者が寺なので、墓地化の進行と共に土塁の破壊が懸念される点であろうか。
W氏と一回り見て歩き、興聖寺城の調査を終えた。

<< 続く >>
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