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DATE: CATEGORY:城館探訪
深夜までかなり騒いだ割に、朝の目覚めは早かった。外を見ると朝日が優しく温泉街を照らしていた。
ちょっと朝食まで時間があったので、温泉に入って来て、さらに外に出てみる。
流石に昨日の館山(大鳥城)まで行く時間がないので、何年後になるか分からないがその時に訪問してみよう。

バスに乗り込み山中のクネクネ曲った道を走行していく・・・正直城館がありそうにない地形なので、急に眠気が・・・。

ガスがかかって見えないが福島市街を西から望む

軽く眠っているとバスが有料道路のちょうど見晴らしの良い場所に停車した。
一回外に出てみたが、ガスがかかって見通しはあまりよくなかった。
なんとか福島市内の信夫山がなんとか見える程度であった。

吾妻山地の荒地を道路は走る

妙に木が無くなり「森林限界を超えたか?」っと思ったが、看板に「火山性ガス注意」の看板が・・・来るまで知らなかったが、ここは火山地帯のようだ。

浄土平

バスは山地のなだらかになった「浄土平」というところに停まった。
うーん、この木も草もないという感じが正に火山な雰囲気を味わう事ができる。
他の観光客が東にある小山に登っているので一緒に登ってみると・・・。

吾妻小富士の火山口

おお、なんて大きい。
火山であった山はその口を今も大きく開いて観光客を出迎えてくれているようにも見えた。
火山口を一周する事ができるようであったが、集合時間に間に合わなそうなのでパス。
でも晴れた日なら素晴らしい景色を見る事ができたのであろうな。


少しお土産を買い、バスは山を下っていく。
自分で車を運転するならともかく、バスに乗っていると流石に酔いそうな・・・。
いつの間にかまた眠り、車は猪苗代盆地へ。


猪苗代盆地より望む磐梯山

車は猪苗代湖がある猪苗代盆地へ入ってきた。
そこには猪苗代を代表する磐梯山が特徴的な山容で出迎えてくれているようである。
途中で亀ヶ城というところがあったようだが、バスはその側は通らず高速に入ってしまう。
そして進路を西に向けた。



今回の目玉というべき会津若松市の黒川城へやってきた。
以前に天守は登っているので、今回は周囲の縄張を見たい。
さっそくリーダーに単独行動の許しを得て、いざ探索。

●鶴ヶ城(福島県会津若松市)
北の丸付近にある鶴ヶ城の石碑

芦名氏によって築かれた当初は「黒川城」といい、奥州の名門芦名氏の居城として存在していた。
芦名氏は桓武平氏の三浦氏から出ており、その姓も現在の横須賀市芦名から取ったとされている。
ところが戦国末期になると米沢の伊達政宗に侵略を受け、天正十七年の摺上原の戦いにおいて芦名氏は大敗し、事実上滅亡した。
黒川城を手にした政宗であったが、既に豊臣秀吉が西国から関東を征伐していた。
大局を見極めた政宗はその元に帰参したが黒川城は没収され、代わりに蒲生氏郷が黒川城に入城、城名を「鶴ヶ城」と改めた。
江戸時代に入っても会津の中心地として城下も栄えた。


鶴ヶ城の石垣

久々に見る石垣はなかなかいい。以前は天守に目を捉われてしまっていたが、やはり城の命はその外周の防衛設備であると改めて思った。


北の丸の入り口には「若松城」の石碑が建つ

今回来て気付いたが、石碑が二つある事を知った。
追手門にあるこちらの石碑は「若松城」の名が刻まれている。

本曲輪北側の太鼓門にある枡形虎口を上から

周囲の石垣も上から見る事が無かったのでじっくり拝見。
実はこのアングルから見るのは今回が初めて。

本曲輪東廊下橋の風景

普段であればあまり関心を示さない大城郭であるが、久々にじっくり見てみるのもなかな良い。

鶴ヶ城天守

城に興味が無くても一目で分かる城の象徴。
今回は入城パスする。

鶴ヶ城にある鐘撞堂

ここ「鐘撞堂」も今回初めての訪問である。
本当は外を一周したかったが、集合時間が来たので今回はこれにて終了。


・・・こうして今回はほぼ終わったのであるが、2日目はほぼ観光旅行記になっているような。
まあ、こうして色んな観光地を巡る事もたまにはいいなっと思ったのだった。
今回ご一緒くださった皆様、お疲れ様でございました。
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