fc2ブログ

カレンダー

03 | 2008/04 | 05
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 - - -

ブログ検索


天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最近のコメント


カテゴリー


月別アーカイブ


DATE: CATEGORY:日記、その他
鎌倉幕府創設を助けた梶原景時。
坂東八平氏である鎌倉氏の支族であり、家名も申し分ない。
この事を除けば何故か戦国末期に豊臣秀吉の下で権力を行使した石田三成の姿と重なって見える。

後世(特に江戸期)には「大悪人景時」とされてしまっている。
それもそのはず、武士の中で大人気である源義経や畠山重忠はこの人の讒言(悪口)が原因で非業の死を遂げているからである。
おそらく石田三成と重なって見えるのは三成が武断派である加藤清正らと対立した経緯もあるし、両者共に政治的才能に優れながらも周囲の人望はさして得られなかった。

しかし、政治の世界というのは勧善懲悪の世界では収まらない。
主役を引き立てるには、必ず「汚れ役」という誰もやりたがらない役を演じなくてはならない。
それを理解してか?私には景時はその役を進んで演じたようにも思えてくる。
ただ、彼にとって不幸だったのは主君である頼朝が人一倍疑心が強かった事だろうか。
お互いにネガティブな方向性が合い増して、様々な不幸が生まれたようにも思える。

歴史に「もしも」を考えてはいけないと言われるが、源頼朝ファンで知られる徳川家康に景時が仕えていたらどうだろう?
同じ天下人である家康の元でも景時は史実どおりの展開になっていたと思えてくる。
有能なであっても、その性格は変わらないであろうし、人の心理も時代を超えても変わらない。
家康亡き後にもその横行を恨む人々により、景時は討たれていたであろう。

死しても人々に忌まわしく思われる景時。
報われない彼が居なければ、死して名を残した人々もこれほど人々に高評を得る事も無かったかも知れないのである。
そんな複雑な思いをさせる景時に、人々はまだ悪人の烙印を押すのであろうか?
スポンサーサイト



| BLOG TOP |

copyright © 赤服の日記帳 all rights reserved.Powered by FC2ブログ

カスタマイズ