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DATE: CATEGORY:城館探訪
どうも画像を入れたりすると更新が億劫になるので、そのまま書き連ねていく事にする。

そんな訳で折角の休みなので、午前中の殆どは家で寝て、10時過ぎに加須市内の城館探訪および関連資料の入手の為、加須市を訪れる事にした。

●阿良川館
現在は玉泉寺境内になっており、境内に車を駐車させていただき、周囲を見渡す。若干の高まりに水路が巡っており、この風景はまさに館跡そのものという感じであった。

●志多見屋敷
移動中に猛烈に気になって立ち寄った場所は志多見地区の開発に携わった松村氏の屋敷であった。別名「松村家」
ここも周囲の水田に比べ標高が高く、見応えのある場所であった。
なお、西隣には松村家の墓所となっている。

●明願寺館
鎌倉時代頃の館跡というが詳細は不明。
金道院という寺の境内には加須市内において最大の「金道院の青石塔婆」が置かれている。それにしても北側の集落の一角に謎の土塁があるのが気になる。

●礼羽(らいは)氏館
出自が不明の謎の武士の館。もしかすると手前の調べが足りないだけかも知れないが・・・
礼羽地区でも高地にあり、宅地化されている事から「推定地」という形で碑が建つ。
・・・しかしこの碑の場所が狭い道路の上に交通量が何気に多いので、注意しないと危険なり。

●設楽氏陣屋
設楽氏が最初に陣屋を築いたのが上記の礼羽氏館のすぐ東にある。
碑のある地区より南がその陣屋跡と見られ、遺構推定地の南東には今も水堀があった。


ここで日差しが暑いので資料漁りタイム。
加須市史を読んでいてビックリ、なんと市史の中の写真の部分だけを切り抜いてしまっていた。ので図書館員の方に報告しておくとする。
しかし、大事な資料をこんな風にするとは・・・その内資料が見られなくなったら大変だ。よく公共書物に鉛筆で線を引く人もいるが、あれも良くないと思われる。

そんな事で色々と調べている内に、日が雲に隠れて絶好の好機となったので、探訪の続きをする。


●陣屋蔵屋敷
設楽氏が新たに移転した陣屋。
加須駅のすぐ近くで本当に遺構は喪失していたが、名残として「陣屋会館」という公共施設と陣屋通りという名称だけは残った。
遺構も喪失して名を残すというところか?

●戸崎城
前回ぶりに戸崎城を訪問。今回は特に前回見忘れていた遺構の高低差などを見る事に。
すると土塁に見える藪があり、かなり翻弄される。しかしあれが土塁の名残ながらいいなっと思いつつ夏の水田を探索するのであった。

●道智氏館
前回思い切りスルーしてしまったので、今回はしっかりと探訪する。
成就院の境内がなんとなくそれらしき雰囲気をだしており、板碑も少しだけある。ただ、道智氏がどの辺りに館を構えたという具体的な場所はつかめず、地形的なものからこの成就院を館跡としてみてみた。

●多賀谷氏館
大福寺の境内に板碑があり、案内板もこの境内を館跡ではないかと推定していた。
西の空より夕日が見え、とても美しい風景が見れたのは幸運だった。


って事で今回の城館探訪はこれにて終了。
今後の課題は吾妻鏡に出てくる草原氏や高柳氏などの館跡がどの辺りにあったのか?これを見定める事になりそうだ。

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