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DATE: CATEGORY:城館探訪
今日は羽生市の城館探訪をしてきた。それでいつもとは違い、地図に地形などを書き込みながら探訪するという新たな試みを実施してみた。地形情報を残す事により、城館の記録が後々まで残せると考えたからである。

そんな事で前日に知っている限りの城館周辺の地図をそろえて、夜明けと共に城館探訪をしたのだった。

resize3511.jpg●漆原館

行田バイバス沿いにあり、かっての利根川が形成したと思われる河段丘上に作られた館跡。割と分かりやすい地形が残されており、じっくりと拝見する事ができた。

西方は1~2kmも水田地帯が伸びており、かっての岩瀬河原の合戦などを行われていた風景を感じさせてくれた。


resize3538.jpg●小松寺館

中世頃の遺構があるという情報を得たので訪問。小松神社への参道沿いに集落が集まっていて、その中に幾つか環濠遺構の様な堀跡が集落の合間を流れていた。
肝心の遺構は南側は一部を除き喪失しているが、北側は水田に沿って堀と微高地が残っていた。規模は割りと大きかったようだが、その殆どは宅地になっている。

小松神社も周囲を水堀でかこってあり、背後(西側)が土盛されている事を確認した。

resize3592.jpg●葛浜(かつらはま)氏館

鎌倉時代の葛浜氏の居館なので、遺構が2箇所候補地があったので両方行く。
いずれも東武伊勢崎線南羽生駅近辺なので立て続けに訪問を行う。明確な遺構は失われているようだが、地形的に少し残る。南の遺構は半分近くが新興住宅地のエリアにかかっていたようで、地形の高低差すらも失われてしまっていた。

そして北の候補地は写真にあるような所だが、ここもいつかは開発がいつかくるのではないかと思う。

resize3599.jpg●中手小林館(古城)

水路に挟まれた集落内にある中世遺構。
何より明確な範囲が分からない遺構は、手前の好奇心を刺激してくれる。これぞ城館探訪の醍醐味。

さて、遺構は南北に走る道路を中心として、旧家周辺がこの辺りで最も高所になっている。それを囲むかの様に水田まで高まっている(写真参考)この地形的な高低差も立派な城館遺構になりうると思っているのである。

resize3617.jpg●今泉外の内

戦国末期に越後からこの地に来た斎藤氏ゆかりの地。子孫は代々この地に住み、新田開発などに大いに貢献したという。

長光寺が一番の目印になると思い真っ先に訪問。周囲に駐車場が見られないのでお寺さんに許可を得て止めさせていただいた。墓地の中に写真の斎藤氏の墓所と解説板を発見。開基になっているだけあり結構手入れがなされていた。
この長光寺を含めた集落が微妙に高くなっており、集落の北側に遺構があるとおもわれるが、藪が凄く捜索は断念した。

resize3657.jpg●下川原堀の内

羽生市の北東部に位置する館跡・・・と言いたい所だが、その大部分が利根川の堤防になっていて館跡と思われる部分は南半分ぐらいしか残されていない。

館跡付近の土手を登り、利根川の大きな流れを見る。坂東太郎と称される関東の代表的な河川だけあり、この川だけは別格な雰囲気をだしていた。



続く?
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