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DATE: CATEGORY:その他の事
ただ今明日出発する城館の地図を作成してたりする。今回は写真のみならず、そのプリントアウトした地図に地形的な形状をなるべく書き込み、城館をより堪能したいというのが手前の志願であったり。

ああ、新しい職場で働いて疲れていると言うのに・・・城館の事を考えて居ると疲れが吹っ飛ぶのが不思議なり。
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DATE: CATEGORY:日記、その他
この所いろんな城館本を読んでいる。
読んでいて思うのがタイトルに書いた「人ありて城があり、人なくして城もなし」という事であろうか。

城館遺構のみを扱ったインターネットサイトは多いが、それを利用した武士などの当時の人々を合わせて扱っているサイトは非常に少ない。それは遺構は大小様々ながら昔から使われた土塁や堀が数百年以上経過した今でも残っている事が感動を呼ぶのだと思う。だが、城館の歴史での主役はあくまで人物であり、あくまで城館跡はその活躍の舞台なのである。ゆえに城館に対しての深い認識や知識を得んとするならば、「城館=人物」はけして切り離す事ができない。
城館の地勢も当時の武士達の事情により作られ、その縄張や工夫も作った武士によって様々。ここで思うのは中世城館というのは、当時の武士達が地形に残した「名前の無い履歴書」なのだと思う。特に生死に関わる中で作るので無駄な物は作らない。それゆえに実に良く当時の情勢などを伝えてきているし、残され方次第によってはその武士達の嗜好までも伝えてくるようである。
ただ、この履歴書、地形に刻むものであるがゆえに、後世になって書き換えられる事も多い。当時であれば生々しく残っていたその遺構も、長い月日の風雨により崩され、またその地に住んでいる人々によって切り崩され耕地や宅地になったりもする。だが、これも中世以降の人々が刻んだ「名の無い履歴書」なのである。

そういった意味もあり、この所我が「儀一の城館旅」でもこの城館を舞台として活躍した武蔵武士達をまとめたいと思っているが・・・調査力が乏しい故に進まずという感じになっている。城館に対する新たな見解を望むなら、この当時の武士達の生き様を学ぶ事はけして無駄にはならないだろう。大なり小なりその遺構は、作られた当時の人々の生活を刻んだものであるのだから。
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DATE: CATEGORY:お仕事
今日から新たなる職場になり、初出勤する。

仕事の内容は変わらないのだが、場所が代わったのでやり方が変わったというのが大きな所。

さて、今度の職場はオニューのメガネをかけて行ったからだろうか?何気に受けがいい気がする・・・やはり人間見た目が大事なのが今回の件でようやく分かった。

いつまで居る職場かわからないが、どうぞ宜しく!!
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DATE: CATEGORY:勉強・挑戦
ためしに今作成中の行田市の城館リストに昨日作った地図を載せてみた。

試験版 「儀一の城館旅 埼玉県行田市の城館」

これが見やすいかどうか?皆様のご意見をお聞きしたいところなり。

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DATE: CATEGORY:更新作業
数日前にみた城館サイトを観て、所在地が分かるというのがいかに重要なのかが良く分かった。
なので試しに市町村別の中世城館所在地を我がサイトに載せられないかと思い、行田市を例えとして試作品を作ってみた。

行田市の城館跡所在地図

なんかこんな簡単な図だが結構な時間がかかった。
しかしながらこれを一目でみると中世の城館がどの辺りに集中しているのか一目で分かり、便利だ。

このことから分かりやすい地図を考察すると・・・

1、河川の流れと街道は中世城館の所在地を考察する上で必要不可欠。
2、市町村のエリアに名称を乗せない方が見やすい。
3、周辺の市町村も加えるとどんな町なのか雰囲気が分かりやすい。

などなどである。
これをこれから作る我が城館市町村別リストに掲載し、その城館をクリックすればその知りたい城館のデータへ飛ぶ事ができる・・・。
ああ、何気にこんな城館サイトを作って見たかっただけに、夢が叶いそうで嬉しい。

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