fc2ブログ

カレンダー

04 | 2007/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

ブログ検索


天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最近のコメント


カテゴリー


月別アーカイブ


DATE: CATEGORY:城館探訪

今日「儀一の城館旅」が初公開となり、コンテンツ内において今ひとつという感じの熊谷市の城館跡を訪問し、記録を補完するようにしてみる。

●村岡館
関東八平氏の祖とも言うべき村岡五郎良文の住したという館跡。
行ったらでかいマンションが建っていて驚いたが、「茶臼塚」はやや南の方にあったらしい。

●黒沢館
ここの遺構のさっぱり感が潔さを感じ、いつ訪れても好きな館跡の一つ。
とは言え農耕地となりまったく館跡の遺構がないのだが、若干の地形の高まりを確認する事ができたのは収穫。

●玉井陣屋
今回で2度目の訪問、玉井寺の南に竹林があり、その中に堀らしい地形があるのが気になっている。
タケノコがニョチニョチ生えて来ていたので早々に退場す。
この辺りで雨が降り始める。

●別府城
今回でおそらく4回目の訪問、雨が降り出してきた中、中学生らしき団体が写生会を行っておった。みんな神社を描いていたが、その周囲に立派な中世遺構があろうに・・・。
なお、昭和44年に道路化されたという北側の「構え堀」の所在地を確認してきた。それにしても周囲を囲む堀が明治42年まで埋められていたなんて、最近手に入れた資料を見るまでわからんかったわい。

●西別府館
石碑を発見するのが今回が初めて。また北側にあった土塁&堀も見れて結構満足。

●奈良氏館
前回来たときはそんなに周囲を注意して見ていなかったので今回は結構念入りに見る。
堀と土塁などの遺構は見られないが、約1町程の面積がありそうな感じがした。

●河上氏館
国道17号のバイバスがあまりにも高速で走っていたので思い切り直前を通り過ぎ、成田氏館辺りで引き返して見る。「埼玉の中世城館跡」に記載されている箇所より北北東にも館跡と思える場所があって河上氏館との関連があったのかも知れない。

●中条氏館
実は今回が初めて。常光院境内に美しいまでの堀が残されており、興奮できる場所。あまりのありがたさにお賽銭を進呈し、この度は退場す。

●光屋敷
中条氏との関連のある館跡らしいが、熊谷市史などを調べてみないと現在は分からず。推定地近くの観音寺南側に空堀らしき場所があるのだが、関連があるのであろうか?

●東城
ここからは旧妻沼町の城館跡。一本道だったのでそのまま進んで行った。
福川の近くに盛り土して作られた城館跡で、西城城の出城として築かれたので西城に対し東城と呼ぶようだ。竹林の中に堀らしき物があり、改めて図面に残す必要性を感じた場所。

●西城城
藤原道宗が幡羅郡西城に館(長井城)を構えたという。
今回は萬有製薬の北東の集落を調査したが、資料によれば館跡推定地はそれより若干南側になる模様。
それでも周囲の農耕地に比べて標高が1~2m程高い。

●長井氏館?
・・・と思って調査した場所は資料を見ると妻沼小学校周辺としている事から違った可能性が高い。もしかするとここが「実盛館」であった可能性が高い。
クマコン熊谷熊谷工場周辺を囲むように水路が流れている事から、ここが館跡だったのではないかと思えたり。

●斎藤別当実盛館
福川が河川改修を行ったため痕跡が乏しいが、湾曲する福川を利用した要害であったようである。それにしても実盛の人生は波乱万丈なので大河ドラマなどに打ってつけそうに思える。


ここで妻沼図書館にて資料漁りに没頭する。今回は妻沼町内の城館跡の情報を入手するのが最大の目的だったが、思わぬ収穫をした。
埼玉史談に手前が調査して分からなかった越生の「如意小次郎」の資料を発見したのだった。うーん、人生何があるか分からんのう。これで越生町の城館探訪がより楽しいものになる。
資料をコピーし終わる頃には雨が上がり、風が強くなっていた。


●長井氏館
上記の実盛館に地理的不安を感じた実盛が北の台地へ居館を移したという場所がここだという。芝川が蛇行する内側を利用した館跡で、現在の妻沼小学校がその推定地らしい。それにしても館跡が学校になっていると訪問できないので大変なり。

●大河内金兵衛陣屋
現在の大我井神社の境内を指すようだが、鉢形城近くにも大河内金兵衛陣屋があり、関連があるのか調査するのを忘れた。
神社の境内にそれらしき小高い土盛がある。

●聖天院館
妻沼の聖天院は斎藤実盛によって始まったとされ、聖天院境内には実盛公のかっちょええ銅像が建つ。
河段丘上を利用した所で、「平和の塔」なる仏塔が建つ場所は周囲を沼地が囲っているので要害性が高そうに思える。また眺望も効くので、上州方面の見晴らしも良さそうだ。

●高城城
緩やかな丘陵上にあったとされる平安期の館跡だという。明確な遺構は無いが、古墳と思える塚が何点か点在している。再調査が必要なところ。

●城之内
妻沼の最北部にある城館跡。
歴史背景などは不明だが、地理的条件をみれば利根川の渡河地点を押さえとする砦だったのではないかと見ている。遺構は地形的高さを除きほぼ無い。

●実盛塚
見忘れたので戻ってみてくる。リードの工場の西側の農道沿いにあり、古木が目印になる。
正確には館跡ではないのだが、気になったので見に行った。

●小次郎館(熊谷館)
再び戻って熊谷市内の城館跡、熊谷西高校の北西部にある集落に堀や井戸跡などが今も残されている。


ここでカメラの電池が無くなり、日も暮れたので帰宅する。
・・・これでゴールデンウィーク中も仕事で頑張れそうだ。

◆Read More◆ »

スポンサーサイト



| BLOG TOP |
DATE: CATEGORY:勉強・挑戦
前々から作るか作らないか迷っていた「城館専用サイト」。
4月中旬ごろよりこっそり更新を続けて5月に入り、きりがいい所で皆様に初公開する事に。

「儀一の城館旅」  

基本的には赤服の紳士のコンテンツになるのだが、サーバーが違うので事実上別サイトになるかも知れない。
他の城館サイトさまが素晴らしいサイトを作っておられるので、今更という感じもするが、こちらはこちらで気長にやっていこうかと思う。

それにしても無料で借りてる画像アップ掲示板の調子がイマイチなり。

◆Read More◆ »

| BLOG TOP |

copyright © 赤服の日記帳 all rights reserved.Powered by FC2ブログ

カスタマイズ