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DATE: CATEGORY:お付き合い
昨日深夜に乗ったバスは東北自動車道を通り、杜の都仙台へ向かう。

1・夜行バスは寝ても眠れず

新宿を出たバスは明治通り沿いに池袋・王子を抜けて王子北インターより首都高へ出る。そこから川口線に合流し、そのまま東北自動車道を走る。途中、3回ほどバス運転手の休憩があり、約1時間半おき位にサービスエリアに20分ほど停まった。
最初に上河内サービスエリア(栃木県河内郡上河内町)に01:30頃停まる。この時は空の状況は曇りで、窓には雨が降った後だった、やや先を危ぶまれる感じである。
二回目は覚えていないが、郡山市を通過する時は03:00だったのを覚えている。それから更に北に向う。
空が明け始めたのは04:30頃。なんとなく向かっている方向が明るくなり始めた感じであった。ほぼ福島県と宮城県の県境あたりである。
なんとなく周囲の山を(カーテンをちょっと開けて)見ていると城館がありそうな山が多数あった。きっとその一部は確実に城館があるのだろうなとぼーっと考えていた。
宮城県に入り、村田インター付近に来て霧が発生。速度標示は時速80kmに制限されていた。時間通りに辿りつけるか?
仙台の街が近づくにつれて霧が晴れてきた。東の空は朝日で真っ赤に染まっていた。そんな時、バスは側道に入り徐々に速度を落としていく。仙台南インターの到着だ。一般道に出たあたりで待避線に停車したバスの運転手が前方のカーテンを開けた。天気はバッチリ晴れており、実に爽やかだ。そのまま長町駅前を通過(下りる客が居なかったので)し、ほぼ定刻通りに仙台駅東口に05:30に到着した。

2・その日の仙台は晴れだった

朝の仙台駅に着く、流石に朝の5時なので人は少ない。
この日の為に買った時刻表をバックから取り出し、これから乗る6:00発の一ノ関行き各駅停車の時刻を調べる。『くりでん』の乗り換え駅の石越到着7:05との事で、約1時間に及ぶ東北本線の旅が始まろうとしていた。
駅構内を歩いていると・・・
仙台駅構内にある伊達政宗公の石像

とっても芸術性を感じる伊達政宗公の石像を発見しやした。以前仙台に来たときには見た事が無かったが・・・有っても気付かなかったか?
なお解説版は以下の写真をクリック↓
仙台駅構内にある伊達政宗公の石像の解説版



電車の始発駅は岩沼という駅なのでまだ着てない。ああ、この朝早い駅というのも味がある風景よのう。そんな事を思いながら先ほど買った缶コーヒーを飲んでいたら、これから乗る電車がホームに進入してきた。

石越まで乗った電車の前面

何気に8分も停車しているから写真撮影。これで田園風景を駆け抜けて行くのであるなあ~
それで電車に乗り込もうとドアへ行くと
「あつい!」がとっても印象的♪

なんだか見慣れない警告板なので写真撮影をしてしまったり。きっと冬になると熱くなるのだろうのう。
そうしている内に発車時刻の6時になり、定刻通り仙台駅を発車した。

3・石越とくりでんの出会い

特に事故もなく石越駅に7:12に到着した。ああ、このホームに生えた草がたまらん。
くりこま田園鉄道の石越駅

JR石越駅を出るとロータリーを挟んで向かいにくりでんの石越駅がある。ああ、今回もこれが廃線になるという噂を聞いたからやってきたような物なので、いざ出会うとちっと感動。改札らしきものがあるが、乗り方がバスの様にワンマン方式なので改札の横をそのまま通過できる。

停車していた列車(一両だけなので列車と呼ぶのも疑問だが・・・)に乗り、早速奥へ。この列車の風景を見送りながら進むのがまたいいのだ。
くりでん石越駅の0キロポスト

これがその風景、なかなか味があってよい。埼玉県ではこういう風景も秩父鉄道ぐらいになってしまった。

くりでんの整理券

整理券を見てみると、ほとんどバスの整理券そのものだった。

4・くりでんよ、田園を駆け抜けろ
石越駅を発車した直後の風景

07:29に石越駅を発車した。車内案内もあり、いかにもバスそのものだ。違うといえば線路の上を走っている事ぐらいであろうか。ここから終点までの間はは車内で書かれた手帳の通り書いていく事にする。

若柳駅
何気にイベント列車を走らせるべく大勢の人が(赤丸のところ)

「カラオケ電車」なるイベントが行われていた。
列車が通過してもなかなか開かない踏み切りにキれない車あり、このあたりのおおらかさを表しているかのようだ。


沢辺駅
沢辺駅、タブレット持って走る駅員さんが大変そうだった。

手動ポイント交換、列車交換駅、タブレット交換に走る駅員が印象的だった。


津久毛駅
記憶が正しければ津久毛駅、向いホームの寂れ具合が城館を思い起こす・・・かも。

交換施設の寂れぐらいがまた良い。


栗駒駅
腕木式信号があり風情がある。ポイント(転轍機)がゴロゴロ置いてある。


栗駒田町
大勢の高校生が下車、駅を出ると頭上に架線が張られていた。


尾松
森の中に突然現れる駅。くりでんは地元自動車にも抜かされる長閑さを持っている。


鶯沢
ここの交換機の寂れ具合もまた良い。先に自動車の新道を建設中、ここから山を登っていく。


鶯工業高校前
北東の方角に高校あり、乗っていた人が手前意外全て下車する。傍らに工場もある。
駅を出ると山中にトンネルがある。


細倉マインパーク前駅の看板

こんな感じで終点の「細倉マインパーク前」へ8:16に辿りついた。
くりでんの細倉マインパーク前駅の写真

こうやって駅舎を見るとやばそうな雰囲気で一杯である。
中には書籍があるが、残念ながら地元の城館関連の書籍は無い。無料で読めるようなので駅の中で時間つぶしは利きそうだ。
設置されている機関車、その手の好き者にはたまらんのだろうが、手前はまったく分からず。

駅の近くには使われなくなった機関車が置いてあった。ああ、これを見るとまるで秩父鉄道の三峰口駅を彷彿させてくれる。車両公園と称しておきながら、自然崩壊を待っているような場所であるからのう。何気にそれに近い物が感じられる。
かくして、駅を離れ、このあたりの名物を探しに歩きだした。




5・鉱山跡にいこうざん

細倉マインパーク前駅の遠望、混みあってる感じがステキ♪

駅を遠めに見送って、早速廃線跡を辿りながら鉱山資料館を目指して歩き出した。

細倉マインパーク前駅の前の交差点にある「砂山遺跡」の碑、残念ながら城館ではなかった。

おお!!早速城館を発見か?
と思ったらこの砂山遺跡というのはこの上の小高い丘にあった住居跡らしい。流石にこうも簡単に城館が見つかる訳はないのう。城館も見たいにはやまやまだが、今日はこの細倉鉱山の色々を見る事に専念しよう。


現在もこの工場は稼動している。

暫く西に向かって歩くと山肌にそれらしい建物を発見。どうやらこの辺りが現在の細倉鉱山の中心部か。
(補足:ネットで調べたらこの先には昭和30年代を思い起こさせる廃墟群があったらしい、見たかった)


川を挟んで南側には鉱山資料館というのがある。
細倉鉱山資料館入り口

早速入館だっと思ったら、駐車場には鎖がしてあった。(ごめんちゃい、鎖を跨いでこの正面口に侵入してしまいました)まさか休みなのか?と案内板を読んだら「開館9時30分」。ガーン、時計を見たらまだ8時30分、早すぎたようだ。
鉱山資料館前の駐車場の傍らに設置されているトロッコなど

でも駐車場内には資料館には収め切れなかったのか、坑内で使われていたトロッコが展示されていた。北向きに置かれては居るが風化していく事は充分ありえそうだ。

ここの詳しい情報はこちらへ→細倉鉱山資料館

帰りの列車の発車時間は10:06なので、先に駅名にもなっている細倉マインパークを見学していく事にする。
実はここは今日会う我が友人が「つまらない場所らしいよ」という話をしていたが、そういう場所ほど珍物があったりするのが世の常、そんな訳でどんどん行くのである。


6・マインスイーパーがやりたくなる午前

周囲の案内板によれば、マインパークへ行くには一度駅前の交差点(砂山遺跡の碑があった場所)に出て北方向に向かって進むようだ。実はこのマインパークについては何も調べておらず、ハッキリ言って行き当たりばったり状態であるのだが・・・それもまた良いかも知れない。何も知らない所に行くという好奇心にかきたてられる。

前方に白いドームを発見

おお、前方に白いドームを発見!!これがマインパークの建物なのか?
とりあえずそのままスタスタと歩いて行く事に。

これが城の遺構に見えてしまう手前は病気だ・・・。

道中に小口(城館の出入り口の名称)を発見!!
って全然小口とは違うのだがこんな風景を見ると、つい小口ではないかと思ってしまう手前、これが城郭病か?恐ろしい・・・。


細倉マインパーク、この雰囲気が今は亡きカッパピアを彷彿させてくれる。

しばらく坂を登っていたら遂にマインパークを見つけた。
駅名が「細倉マインパーク前駅」なので直ぐ側だと思っていたら甘かった。駅からバッチリ800mもあります。それで敷地の中に入ってみると、入り口付近に数台しか駐車していない。ああ、これで営業中だったら危機感を感じるのう。
今は時間は9時。ここも開館時間が9時30分なので、ゆっくりとこれまでの記録を書いて待っている事にした。建物の中では従業員の皆様が開園前にバタバタと忙しそうに掃除やら準備を行っていた。そういえばここまでで全然食事をしていなかったのに気付き、家から持参したおにぎり2個とバナナ1本を食べる。ゆっくりしているのもいいものだ。


マインパークのリフト、333メートル長さがあるそうだ。

北側の小山にリフトがあり、動いているのでもうやっているのだろうと先にこちらに来てしまった。だが「しばらく待ってくださいね」と従業員さんに釘を刺されてしまった。先にリフトの乗車券を買う事にした、なんかスキーなんかしないのでこういうリフトを乗るのは数十年ぶりだのう。


リフトに乗った途端に雨に降られる・・・。

もう良いと言う事でさっそくリフトに乗る。慣れない手前の為に手前の腰の付近にきたらリフトの速度を落として下さった。ありがたき幸せ。
それで乗って見ると・・・うわ、雨が降ってきた。傘も何も持っていないので雨の直撃を受ける。これは土砂降りだったらエライ事になっているのう。雨もちょっとした小雨で済み、リフトが山頂付近に到着した。山頂には展望台があるそうなので行ってみる。

展望台より眺めるマインパーク。これを拡大すればおおよその位置関係が分かりそうな感じ

展望台から見た眺め。こう見ると今までの経路が見渡せるようだ。栗駒山というのが晴れていれば見れるそうだが、今回は雲がかかっていて見れない。残念な利。

帰りもリフトでは味気ないのでスライダーで駆け下りる事にした。恐らく手前が一番客であろう、ソリみたいな乗り物に腰掛けてブレーキを操りながら駆け下りる(全長が555mらしい)。
乗ってみると凄い勢いで駆け下りる。ブレーキを持っていなかったら怖い、時折アルミのコースの上を歩いている蟻さんを数十匹轢いてしまったのは気の毒だったが、なんとか下る事に成功した。こりゃ楽しい場所だったので満足。
(今回は遭遇しなかったが、マムシなどがたまにスライダーのコースで干上がっているらしい、アルミ板は真夏は焼けるからのう)


7・エイリアンとの遭遇
いよいよ時間になったので鉱山の中に入る事にした。900円を支払い入り口へ向かう。
鉱山跡の入り口、まさに虎口といわんがばかりの入り口

ふむ、どうやらここが入り口のようだ。ご丁寧に入り口と出口が二つに分かれて並んでいる。何が奥に潜んでいるのか知らないが、入ってみた。
明らかに外の空気より冷え切ってはいるが、凍えるほどの寒さではない。さすが天然の暖冷房、これなら過ごし易そうだ・・・と思った途端、「ヨウコソ、マインパークへ!!」といきなり声が響き渡った。どうやらどこかの赤外線センサーに触れてしまったようだ。ブツブツ色々と「ボクガゴアンナイシマス」などの言葉を発して終わった。

「ぼくをおしてください」と書かれていたので、一生懸命光る所を押してしまいました。

坑内の至る所にこんな薄明るい照明がある。「ぼくをおしてください」とは書かれているが、果たして何処を押せばいいのやら?触れてもウンともスンとも言わない。と上の写真の赤丸で示した場所にボタンを発見。これを押したら初めてアナウンスが流れた、なるほどね。

爆薬の倉庫、牢屋チックである

いきなり牢屋を発見。と解説版を見ると爆薬の保存庫らしい。確かにこんな物騒な物をその辺りに置かれてはたまったものではないからのう。

薄暗い坑道を歩いていると・・・
夜間はあまりお目にかかりたくない人形

ひ!ひとだ!!さっきまで気配がなかったのに・・・
ここは鉱山事務所という場所らしく、その事務所を再現したところのようだ。実はこのお人形さん達、顔の表情もリアルでしかも動きます。なかなか怖さを感じてしまうのう。実はここが一番ビックリした場所だったりする。


カンテラ祭りの最中だった

また奥に行くとカンテラ祭りという事で空き缶に穴をくり貫いて絵にした物が天井を飾っていた。実際に見るのは綺麗だったのだが、フラッシュを炊いているのでイマイチ。この一つ一つの小学生の皆さんがお作りになってここに飾ってあるという事である。


立入り禁止の立て札が好奇心をそそってくれる

こういう所にくるとこういう「立入り禁止」区域にはそそられる。やはり人間は怖いもの見たさがあるのだろうか。

これはリアルな模型、ちゃんと動いております。

この鉱山がよく分かる模型、一部ではあるもののちゃんと稼動しております。なお、きらきら光っている部分が鉱物をあらわしているとか。結構こういう模型は見入ってしまう。


ついに地下へ延びる階段が現れ、そこで手前は「ホソキュリアン」というエイリアンの存在を知る。ホソキュリアンとは一体何か?一歩一歩階段を下りていく・・・。


そこはブラックライトで照らされた空間だった。
せっかくのブラックライトもフラッシュを焚いたカメラ撮影では味気ないものに・・・。

カメラで撮影するとまったく味気ないものであるが、ともかく辺りがブラックライトで照らされているのであった。だんだんオバケ屋敷みたいな趣向になってきた感じがある。

なにやら「ドクン!ドクン!」という心臓の鼓動に似た音が聞こえてきた。その正体は・・・
謎の生命体「ホソキュリアン」が鼓動と共に現れた。

でたー!!ホソキュリアン!!写真では分かりませんが、肉眼だと光っております。周囲にはあの指を触れると光を発する玉まで付いて豪華。
それにしても凄い重低音だ。

球体の中にうずくまるホソキュリアンを後にし、先に進んでみると
坑内奥深くにある山神社、趣がある。

「山神社」という神社を発見した。ここは坑道内なのだが、そんな神社まであろうとは・・・
山神社解説板

解説板には以上の事が書かれていたので省き、今後の城館探訪が幸あるものになるように賽銭をいれて願う。特に事故が今後も起きませんように・・・。


なんだか先が明るくなってきた。その光源に辿り着くと・・・
砂金採りの会場、ここだけ普通の照明なので違和感が感じられる。

砂金採り体験場。
鉱山が盛んだった頃からここで働いていたおじ様が砂金採りを勧めてくれたのでやってみた。砂金の混ざった砂をパンと言われる黒い皿を用いて採る。砂金が普通の砂より重いのを利用して遠心力で砂と砂金を分離させるのである。これが思ったより難しく、よく砂に水を含ませて静かに回して砂を振り落とすのがコツのようだ。
砂金採りのついでにプレゼントされる記念カード、黒いツボの所に採った砂金を入れてくれる。

お陰でこれだけの砂金が採れましたという事で記念カードを作ってもらった。随分とずっしりしたカードだなっと思ったらどうやら自動車などのバッテリーに使われている鉛の板をカードの補強として用いているようだ。この小さい砂金をピンセットで丁寧に拾い並べて、パウチしてくださった。個人的に言えば今日の日付も入っているとベストだったが、これをいただけただけでもありがたい事だ。

その後30分近くもそこに居られたおじ様に鉱山についてのお話を伺う事ができて楽しかった。これも営業になるのでしょうが、お忙しい中色々鉱山のお話をお聞かせくださりありがとうございました。


どうやらここが折り返しの様で、別のルートを通って上に戻る事になる。そんな中ある事に気付いた。

デジカメの撮影枚数が殆ど残っていない事だった。

少々色々と撮影しすぎたか?普段の城館探訪ではこんなに撮影する事もないのだが、今回は何故か写真をバシャバシャ撮りまくってしまった。
今後は携帯電話のカメラで撮るとするか。
(※注意:結局携帯カメラもメモリーカードの不調によりデータの抽出が不能になり撮影した画像を取り出せませんでした)


恐竜の骨も発見、壁にも足の骨や卵もあったりする。


その後の坑内は恐竜の骨(上の写真)が埋蔵されていたり、弁天様が現れたり、ツタンカーメンの住処が現れたりしたが、最初の蝋人形ほどのインパクトは無く・・・行きより早く出口に着いたという印象であった。


ついに外にでた、標準タイムが40分ほどらしいが、手前は2時間近くも坑内をうろついてしまったようだ。今までの涼しい空気の中で体がやや冷えたようだ、外の熱気がとても心地よく感じられる。空は一段と青みを見せ、いかにも夏である感じがしてきた。夏の奥州も良いものだのう。


8・廻りて友人との再会なり


さて、予定より大幅に遅れてしまったが、我が友人のいる古川市に行く事にした。携帯電話で予定を知らせようとしたが、マインパークでは電波が届かないらしく、駅についてようやく連絡が取れた。
駅にはいきなり大勢のお子さん達が1両のみの列車の殆どのクロスシートを占拠していた。まあ、席がない訳ではないので多少ざわめくぐらいどうって事もない。夏休みだからこそ、これだけの乗客がいるのだろうと「くりでん」の最後の輝きを見た気がする。

12:12発の石越行き列車は発車した。その心地よい揺れが眠気を誘ってきた。「ああ、そういえば昨日は仕事が終わってろくに寝てないのだったな。」そんな事を思いながらロングシートの座席で目を閉じた。
栗駒駅に着いた時、あの大勢のお子さん達が下りる声で目が覚める。丁度一人座席のクロスシートが空いたので、そちらに移る。わずかに開いた窓が奥州の夏風を感じさせてくれた。この列車の夏もこれが最後なのかと思うと多くの惜しむ人々の気持ちが伝わってくる。本来、地元で愛されなければならないくりでん。だが、地元の人々からより手前の様な遠くから来た人間に良さが伝わってしまうのは、なんらかの皮肉があるのだろうか。そんな事を思いながら田んぼの畦道で三脚立てて手前の乗っている列車を撮影する人を見て思った。
何気にああいう列車を撮影している人を撮影するのも面白そうだったがカメラの残量がないので断念した。(なんだかいけない手前・・・)


石越駅には12:56に着く、子供連れのお母さんが携帯カメラでくりでんの赤茶色の列車を撮影していた。確かに味があるディーゼルカーだから手前も撮影する(しつこいようであるがこのデータは現在、何故かPCに読み込めない)

今回は列車の接続が良いようで13:10発の仙台行き各駅停車があるようだ。その切符を買おうとスイカカードを切符販売機に入れてみたが入らない。駅長さんに聞いてみたところ、この駅ではスイカカードは使えないとの事、スイカカードも首都圏などの大都市圏でないと役に立たない事実がここに明らかになったのだった。仕方ないので現金で650円を支払い、上記の列車に乗った。この時間の東北本線はワンマン運転をしているようで、しかもこの列車の警笛音・・・手前の好きな機関車の警笛音ではないか。あの懐かしさを感じる警笛音にここで巡り会えようとは・・・この音を聞くと本当に旅行をしている感覚になるのが不思議。今度もまたワンマン運転の時に来て警笛音を聞きたいものだ。


古川駅に向かうには小牛田(こごた)駅で陸羽東線という路線に乗り換えする必要がある。その小牛田駅に近づく直前になり、なんと前方右手より小牛田駅を発車した陸羽東線が走ってくるではないか。なんたる入れ違い、この列車は信号待ちで動かないし・・・まあ、小牛田駅を途中下車できないが、駅構内を探索するチャンスだと思う事にした。
今まで2両編成で走って来たのだが、この駅で3両連結した計5両編成で仙台に向かうらしい。お陰で完了するまで駅に降りられないという事だが、連結という埼玉では滅多に見れない風景画見れたのを僥倖とすべきだのう。
かくして13:40に定刻通り小牛田駅に到着した。

何気に駅構内に売店があったのは幸いとちっとお菓子を買ってくつろぐ。夏雲が青空にアクセントをつけているように美しく、とっても綺麗だ。そんな中アレを見てしまったのだ・・・
この機関車は何気に好きであったりする。

↑これ、昔の八高線によく居たこの機関車である。
最近でこそ見受けられなくなってしまったので、思わずカメラの中身を整頓して強引に一枚チョイス。この機関車の名前は知らないのだが、何故か好きだ。


そんな事で停車中の陸羽東線の列車に乗り、今までの経緯を記録する。昼下がりの列車内は冷房が効いており、記録を取るのに最適な環境を作り出していた。記録を取り始めると早いものであっという間に14:37になり、鳴子温泉行きの列車は出発する。二つの駅を越えて古川駅に着き、駅で待ち合わせしていた友人に1年4ヶ月ぶりに再開したのだった。


9・車による鳴子温泉訪問

我が友人の話によれば、古川駅前の駐車場は30分以内に出るのなら無料で借りられるというらしい。きっと埼玉県にはそんな太っ腹な新幹線駅が無いような気がする。今の世の中では当たり前なのかも知れないが、我が友人の車はカーナビがついており、ハンドルの手元で操作のできるという。買って二年近くだそうだが、傷の目立たない車体はいかに彼が車を丁寧に扱っているかを物語っていた。

ふと気付いたが大崎市という名称が目立つ、「あれ?古川市じゃなかったけ?」と尋ねてみると、どうやら今年の4月から古川市は周辺の市町村と合併し、「大崎市」となったようである。古川市という名称が消えたのは残念な感じがするが、ひらがな名称都市に比べてみたらはるかに良い。鳴子町を含めてた大崎市に繁栄あれ。

色々話をしている内に、友人の車で鳴子温泉郷に着く、彼のお父様のご紹介の宿で一泊10000円也。いつも一人で行動するときは素泊まりのビジネスホテルに泊まる手前にとっては高い宿ではあったが、こういう宿も泊まるのもたまには良い。
この日は疲れていたのもあってか、温泉に2回しか入らず寝てしまう。
問題は城館に興味の無い我が友人に、いかに城館めぐりしていただけるかだな。

<続く>
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