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DATE: CATEGORY:勉強・挑戦
鎌倉街道の資料を見ていると街道がいかに城館と関係が深いかというのを認識する事ができる。
昔の街道は現在でいう鉄道と類似している部分が多い。
1、大勢の人々が行き来する道。
2、途中に駅があり人々の生活の場となっている。
3、その地方の中心的存在である事が多い。
などなどである。

館は基本的に武士や貴族の居住区であり、城は役目こそさまざまで戦闘用の防衛施設、政治の場、居住区などなどである。いずれにしても人の生活が関わっていた事にはちがいなく、逆に言えば人の生活がさほど関わっていない場所には城館は少ない。(例外として詰めの城という最後の砦がある)
従って街道沿いというのは集落もでき、武士たちも当然街道に近い所に館を築き、その街道を押さえるべく見張りの砦や城郭を造る。埼玉県には中世以前であれば鎌倉街道が2本走っており、そこから枝分かれした街道(鎌倉街道下野道など)が派生し、当然この街道に沿った場所にも城館ができる。

そんな訳で旧街道と城郭との関係は非常に深く、城館を探すなら街道沿いを調べるのが近道であると言っても過言でないぐらい関係は深い。
ゆえに名城と呼ばれる城は街道沿いに建築され、その城を補助すべく支城等が点々と造られた。
色んな文献を読む内にこれがとっても大切な事なのだなっと改めて思わされた儀一であったりする。
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