fc2ブログ

カレンダー

02 | 2006/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

ブログ検索


天気予報


-天気予報コム- -FC2-

最近のコメント


カテゴリー


月別アーカイブ


DATE: CATEGORY:日記、その他
今日もお日柄良かったのでご近所にある怪しい山に登ってきた。

と言っても山と呼べる大層な高さではなく、小高い丘という感じか。でもそこは城館になりうる条件を幾つか兼ね備えていた。手前の城館探訪のルート上にあったので何時しか行きたいと思っていたので今日叶えるに至った。

①河川が作り出した自然堤防上で、川を背にして崖である。
②周囲の見晴らしは良好である。
③独立峰である。

この三件を満たしていながら埼玉県の城館などに掲載されないのが不思議でしょうがなかったのだが、以下の事が適さないので城館ではなかったのだろう。

①河川上にありながら従来の街道沿いに沿っていなかった。
②独立峰とは言え尾根側との比高差はおおよそ5m位である。
③有力な御家人や土豪層が近くに存在しなかった。

これらを挙げてみたが3番目に関しては川の向かい側に多くの遺構(館跡が多数)ある事を考えればこの地が詰めの城として機能していたとしても不思議ではない。
また2番目の程度の地形であれば空堀(堀切)を造形するだけで機能的に充分活躍できる。

と机上の論より現地踏査。そんな事で現地に足を踏み入れた。丘の最高部は雑木林になっているが若干伐採されていて上からの見晴らしは良好であった。また川向の城館郡を見下ろす絶好の地形で、人工で削平されたと思われる箇所も数箇所あった。
だが、平場があってもその部分を防衛する堀切や土塁といった防御設備が無いと城館としての機能的価値が大幅に降下してしまう。その場合は「詰めの城」から「物見山」という「最後の砦から見張り台」へとその見方を変えなくてはならない。

残念と思えるのは現在の当地は近くまで住宅化されてしまい、遺構がありそうな場所も既に民家が建ってしまっている事。雑木林であればまだ木の大きさなどから地形がどの位放置されているのか見当ついたりするのだが、遺構そのものが破壊されてしまってはその判断のしようがない。
また上記の平場も発育している樹々がさほど年月が経過した様子が無い。一番古いと思われる木ですら百数十年程度しか経ってないようにも思える。また平場には近年まで使っていたと思われる大型動物を入れる檻もあったりして、これを見る限りは平場がその動物の飼育場として使っていただけという可能性も充分ありうる。

以上、今回行った丘の感想であるが、現段階において発掘調査などの物理的破壊を伴う調査をしない以上現段階では城館とは言いがたい。しかし、過去の地理を示した地図や、伝承などが残っていれば少しの希望も見えてくるであろうが、これも推測の域を出ることはできないであろう。

城館を探訪すると同時に我々の後輩達にその遺構の素晴らしさを伝えていくのが我々の任務と思えるし、先人たちもこうして我々にその得た情報を伝えてくれている。しかしながらこうして今ももう蘇る事ができない城館が住宅造形や道路建設などで次々と喪失していっている事を考えると遺構を情報のみでなくその遺構自体も後輩達に伝えていくのも重要な仕事になりそうな感じを覚えてならない。


長々と城(とは断定できないただの丘)に対して、妙に論理を述べてきた。
これだから無名の城館探訪は止められない(笑
スポンサーサイト



| BLOG TOP |

copyright © 赤服の日記帳 all rights reserved.Powered by FC2ブログ

カスタマイズ