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DATE: CATEGORY:勉強・挑戦
鮭が自らのふるさとである川を出て大洋を旅して戻るが如く、手前も他の事を色々勉強してみて城館への情熱を再び燃やすという事がある。

って訳の分からぬ前置はやめといて・・・ネット上で調べごとしていたら中世城郭研究会会員である関口和也氏のエッセイを発見した。この方は埼玉県の城郭にも研究をされており、飯能市にあるマニアな城郭「小瀬戸城」など手前の興味のある城郭を研究されておられる一人でもある。

早速内容を目を通してみた・・・う~~~ん、中世城郭にそんな興味が無くても分かるように城郭関連の用語を解説された後、近世城郭の論理に入り、更に実践として各地にある城館(中世・近世無差別)に訪れその各城郭の魅力をとことん書いた傑作。手前の中では千田嘉博氏の「戦国の城を歩く」に匹敵する文面になりつつある。城館初心者もご覧あれ。

柏書店ホームページ→http://www.kashiwashobo.co.jp/index.html

関口和也著「調べる地域資料中世城館」→http://www.kashiwashobo.co.jp/pages2/rensai.html
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DATE: CATEGORY:日記、その他
某サイトの無料チャンネル(懐古アニメ)見ててモリモリっと絵を描くタクなってきていた。その一端が赤服の絵画展に現れた訳であるが・・・今度は有料チャンネル(23分一話で4本立てが1週間見放題で305円)に手を出してしまったり。あらら無念、80年代臭のするアニメであったが、久々爆笑させていただきました。規制の多い現在ではここまで面白く表現するのは難しいであろうのう。昔の遺産に万歳。
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DATE: CATEGORY:日記、その他
今日もお日柄良かったのでご近所にある怪しい山に登ってきた。

と言っても山と呼べる大層な高さではなく、小高い丘という感じか。でもそこは城館になりうる条件を幾つか兼ね備えていた。手前の城館探訪のルート上にあったので何時しか行きたいと思っていたので今日叶えるに至った。

①河川が作り出した自然堤防上で、川を背にして崖である。
②周囲の見晴らしは良好である。
③独立峰である。

この三件を満たしていながら埼玉県の城館などに掲載されないのが不思議でしょうがなかったのだが、以下の事が適さないので城館ではなかったのだろう。

①河川上にありながら従来の街道沿いに沿っていなかった。
②独立峰とは言え尾根側との比高差はおおよそ5m位である。
③有力な御家人や土豪層が近くに存在しなかった。

これらを挙げてみたが3番目に関しては川の向かい側に多くの遺構(館跡が多数)ある事を考えればこの地が詰めの城として機能していたとしても不思議ではない。
また2番目の程度の地形であれば空堀(堀切)を造形するだけで機能的に充分活躍できる。

と机上の論より現地踏査。そんな事で現地に足を踏み入れた。丘の最高部は雑木林になっているが若干伐採されていて上からの見晴らしは良好であった。また川向の城館郡を見下ろす絶好の地形で、人工で削平されたと思われる箇所も数箇所あった。
だが、平場があってもその部分を防衛する堀切や土塁といった防御設備が無いと城館としての機能的価値が大幅に降下してしまう。その場合は「詰めの城」から「物見山」という「最後の砦から見張り台」へとその見方を変えなくてはならない。

残念と思えるのは現在の当地は近くまで住宅化されてしまい、遺構がありそうな場所も既に民家が建ってしまっている事。雑木林であればまだ木の大きさなどから地形がどの位放置されているのか見当ついたりするのだが、遺構そのものが破壊されてしまってはその判断のしようがない。
また上記の平場も発育している樹々がさほど年月が経過した様子が無い。一番古いと思われる木ですら百数十年程度しか経ってないようにも思える。また平場には近年まで使っていたと思われる大型動物を入れる檻もあったりして、これを見る限りは平場がその動物の飼育場として使っていただけという可能性も充分ありうる。

以上、今回行った丘の感想であるが、現段階において発掘調査などの物理的破壊を伴う調査をしない以上現段階では城館とは言いがたい。しかし、過去の地理を示した地図や、伝承などが残っていれば少しの希望も見えてくるであろうが、これも推測の域を出ることはできないであろう。

城館を探訪すると同時に我々の後輩達にその遺構の素晴らしさを伝えていくのが我々の任務と思えるし、先人たちもこうして我々にその得た情報を伝えてくれている。しかしながらこうして今ももう蘇る事ができない城館が住宅造形や道路建設などで次々と喪失していっている事を考えると遺構を情報のみでなくその遺構自体も後輩達に伝えていくのも重要な仕事になりそうな感じを覚えてならない。


長々と城(とは断定できないただの丘)に対して、妙に論理を述べてきた。
これだから無名の城館探訪は止められない(笑
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DATE: CATEGORY:勉強・挑戦
最近赤服の絵画展にも載せているが絵を書く事が多くなった。
今日も仕事をしていたのにも関わらず、何故か「こんな構想の絵を描きたい」とか「あの角度の人をこういうポーズで描いたらどうだろう?」など考えなくてもいい事ばかり考えてしまったという。ふむ、不覚。

「絵を書くのは勢いだ」と手前の友人は言っていた。確かに猛烈に創作意欲が沸いてるときじゃないといい絵は描けない。描こうと思っていない時の絵は不毛で、手前的に言えば死んだ絵になる。多分人が言えば「絵に心がこもってない」って表現になるだろう。

そんな訳で欲望の赴くままに絵を描こうと思うが・・・アップできる絵があったらアップする事に致そう。














・・・数時間後に完成した絵がこれ
     ↓
儀一の生首が痛々しいw


ああ、我ながらアホな出来栄えよのう(笑
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DATE: CATEGORY:日記、その他
あの「真っ赤なスカーフ」の作曲者である宮川泰氏が今月21日に亡くなっていた事を今知った。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B5%DC%C0%EE%C2%D9

真っ赤なスカーフは宇宙戦艦ヤマトのエンディングテーマで、ハッキリ言ってメインテーマより好きな曲である。あの曲の哀愁が暗い曲大好きな手前を何度と無く励ましてくれたのである。(現に携帯電話のメロディにも登録してしまっているほど)

今まさに真っ赤なスカーフを聞きながらこうして日記を書いているのだが、宮川氏への鎮魂歌にも思えてならない。
ともかくご冥福を祈ります。

宮川泰氏のインタビュ→http://www.ntvm.co.jp/int/b6.html
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