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峰城・・・こんな名前の城は何処にでもありそうだが、ネット検索をしてみてもなかなか見つからない城でもある。漢字二文字なのでまれに中国語サイトが検索される事もある。

上州(現在の群馬県)の富岡の南方には大雑把に二つの山城がある。国峰城と峰城である。この二つは群馬サファリパークのすぐ南にそびえる山にあるのでとっても見つけ易い方である。国峰城は戦国時代には小幡氏の持ち城で、この城だけで「山城」「平山城」「平城」の三つを堪能できる、まるでお城版3色パン的お得な城である。小幡氏が居城としてこの周辺を治めていたのだが、手前的に何故かこの国峰城の前身という経緯しか残されていない峰城の方が興味をそそられる。

手前が初めてこの城を訪れたのは今から二年近く前になる2003年10月16日、家から夜明け前に車を飛ばし、富岡市の隣町である甘楽町に来たときには空は薄明るくなっていた。夏の暑さも過ぎ去り、徐々に上州名物からっ風が冷たく吹き始めたのを覚えている。

新人物従来社発行の「日本城郭大系 第4巻 茨城・栃木・群馬の城郭」の群馬県の項目にもこの峰城は載っているが、記載内容は「国峰城の前身。比高三五〇mの梯郭式山城」としか書かれていない。おそらくは見晴らしは素晴らしいこの城も麓までの距離を考えるととても生活するには不便で、まず水の手が無いのが国峰城に移った最大の理由なのであろう。

甘楽町が復興に全力を尽くしている小幡城という城がある。城郭ファン的には常陸(茨城県)の大掾(だいじょう)・佐竹氏が持ち城だった小幡城(東茨城郡茨城町)の方が人気高いようであるが、江戸時代の織田氏六代と松平(奥平)氏の陣屋となった上州小幡城も負けずと庭園復興に工事を行っていた。すでに太平の世になっての陣屋なので、空堀などの遺構はさほど無いが、この庭園も今となってどうなったか?また見てみたいものである。

その小幡城の側を流れる雄川沿いに山に行くとこの峰城の入り口はある。途中、県道からは鋭角カーブをしたり、急坂だったりするのでので車で行くのはちっと苦労するが、地元有志の方々が設置したのか峰城への案内板が道にあり訪問に助かった記憶がある。

峰の集落に来たとき、背中からは朝日が出そうになっていた、見た感じこの日はよく晴れそうであり、本当によく晴れてた気がする。更に奥に進んでいくと峰峠がある。杉の木に囲まれており、明るくても薄暗い見通しの悪い峠だ、車は通れるのだが1台分しか通れない。峠の傍らに車の回避用と思える空き地があり、他に自動車の止める場所がなかったのでそこに止めさせてもらった。峠から少し峰の集落に向かって歩いていくと峰城への案内表示のある山道がある。人一人しか歩けないほど細い道で、途中で丸太で出来た階段もある。空は明るくてもその道は森で暗かったが、手前の中ではどんな城があるのだろうという期待の方が勝っていたので別に気にしていなかった。

ついに頂上、つまり峰城に入った。先ほどの峰峠の東側の山頂で、城内は空が広い。手入れをしていない城だと原生林が生い茂って眺望が効かないのだが、この峰城は実によく遠くが見える。からっ風が吹いて肌寒いのだが、この絶景がそれを忘れさせてくれていた。特に富岡の市街が手に取るように見え、街道沿いの人々の動きがよく見える。その上遺構も実によく残っていて、城郭大系で一言で済まされているのが不思議に思えるほど手前的には素晴らしい城郭だ。デジタルカメラで写真を撮影したのだが、そのデータが以前のPCに入っていてバックアップを取って置かなかったのが今になると悔やまれる。

空堀はさほど深くはないが、周囲の急斜面を考えるとあえて深い堀は必要でなかったのだろう。当時の手前は城内、もしくはその周辺に水の手(井戸跡など)があるか見る習慣がなかったので見てないが、標高と立地条件を考えると今の峰集落に井戸があった可能性が高い、でないとさらに下って雄川の水を汲んでこないといけない。これだと比高差も150mほどあって大変だ。

武州(埼玉県・東京都と神奈川の一部)鉢形城も周囲の眺望が効かないのを補うべく、虎ヶ岡城と桜沢要害を配置して周囲の監視を担わせている。峰城の本城になっている国峰城も鉢形城よりは眺望は効くが、それより標高の高い峰城の監視範囲には及ばない。そう考えると戦国期には監視と狼煙台の二つの役割をこの城が担ったと考えるのが自然かも知れない。

資料を整頓していたらこの峰城に訪問した記録が出てきた。海がなく山に囲まれた上州ならではの山城が多くある。ここより東にも戦国時代に山内上杉家が居城とした平井城(藤岡市)の後方にも平井金山城があり、遺構が破壊されているが一郷山城や八束城と山頂を縄張りとする山城が多い。まだ行ってはいないが岩櫃城(吾妻郡吾妻町)や丸岩城(同郡長野原町)もなかなかいいらしい。いつしかまた峰城と併せてこれらの城も訪問したいものである。
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