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DATE: CATEGORY:お付き合い
今日は久しぶりに友人と会う。ってもたかだか4ヶ月ぶりなのだが、お互いに色々身辺が変わったので話す内容もあった。

手前には学校を卒業しても続いている友達は非常に少ない。その中でも今日会った彼は中学からの付き合いなので、もう17年ぐらい経過している。もうそんなに経過したのかと疑うばかりである。
実はヤツと手前とはまったく性格が違う。正直言って正反対とも言える。手前が城ばかりを追いかけているオタッキーなのに対して、勉強もでき、スポーツもできたヤツ。もちろん女性からもモテておったようで、今年の6月に結婚もした。そんな正反対なヤツなのだが、何故か気が合うのである。人間って不思議なものがあるのう。

今度の日曜日にキックボクシングの試合をするので、今日は会ったのだが、なんとなく口数が少ない気がした。理由を聞くと疲れているので聞く事に集中をしておるようだ。本来ならぼ~っとしてしまう所をありがたい事だ。その試合のチケットを買う交わりに夕食をご馳走になる。お互い性格が正反対なところがあるが、これからも仲良くしていこうぞ。
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DATE: CATEGORY:日記、その他
というのがよくネットにあったりするが、未だにお目にかかっていない100の質問がある。それは「城好き100の質問」である。無いところを見るとさほど城好き人口が少ないのか、あるいは質問しようがないのか。謎が深まるのう~

某サイトで「中世城郭ファンチェック」というのがあったので抜擢してみる(一部手前なりに訂正)

●城址で遭難したことがある?

●土塁より石垣が好き?

●雑木林があると気になる?

●日本城郭大系を持っている?

●「根古屋」「堀の内」「城山」という地名が気になる?

●どこだかわからない竹やぶの写真がたくさんある?

●城郭の縄張り等の図面が描け、鳥瞰図まで描く?

●中世城郭と近世城郭の違いがどこか指摘できる?

●城郭の発掘調査があるとその結果が非常に気になる?

●藪には非常に慣れている?

●城郭を見るなら夏と冬どっち?

●カワラケはステキなものである?

・・・これらがYESと答えたり、意味がすべてわかればリッパな城郭ファンであるといえるかも知れませぬな。
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DATE: CATEGORY:城館探訪
この内容を見ただけでもキモイ内容を想像してしまうのう(汗

久々父と自動車で出かける機会があったので、そのまま最近うろついている林道をご招待した。もちろん手近な城郭もご招待するが、父は関心がまったくない(笑

日が暮れて暗くなった頃、刈場坂峠に着く。丁度東松山の夜景が綺麗かと思って訪れたのだが・・・もやってて見えない。んで父から指摘されたんだが、この峠をいままで「かりばさか」と読んでいたが、実際には「かばさか」と呼ぶそうだ。すっげえ恥ずかしい気分に包まれた。

んで飯能市側の高山不動尊を抜けて、手前の未知なるゾーンへ。
もう夜になって車の後ろは真っ暗、一人でライトなしに歩いたら発狂するかも知れないほど真っ暗。とても自動車の故障で止まりたくありませぬな。そのまま降りるとT字路に出てそのまま左へ行く。

・・・だんだん登っているような気がしたので、案内板を見てみると「←高山不動尊」って進行方向を指して書いてあった・・・。ここで父曰く「まだまだだな」。途方もないほどの敗北感を感じた。

途中で本屋に寄って、父に本を一冊買ってあげる。喜んでいるかは分からんが、まあこれでいいのだろうな。
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DATE: CATEGORY:日記、その他
なんとなく手にとってみた「鉄子の旅」というマンガ。以前某誌で掲載されていた鉄オタマンガは強烈なオタク臭が漂っていて挫折していた。それ以降この手のマンガには一切手をつけていなかったが、これは面白い。滅多に単行本を買わない手前も思わず全巻購入してしまう程だったりする。

で思ったのだが・・・手前がかなりオタク化してきたら(作中に登場する)横見氏の様になっていた可能性はある。もっとも数年の間に鉄分が抜けて中世城郭に没頭してしまっている点を考えれば、「同じ世界の人間」という概念を持たざろう得ない。だが、何の道においても上には上が居るので、ここまで人を惹き付けるカリスマを身につけるのは大変な事であろう。この辺りは尊敬しますです。

中世城郭で似た様な事をするのはほぼ難しいだろうのう。
(遺構が破壊されたり、所在不明な城郭も多いため)

横見浩彦氏サイト→こちら
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DATE: CATEGORY:城館探訪
台風が去り、微妙な曇り空の下、性懲りもなく吾那蜆城の調査をすべく越生町に侵入する。その前に以前立ち寄った城に訪れてみる

越生氏館
●越生氏館→南北朝時代に北畠顕家を討ち取ったとされる越生氏の居館。武蔵七党の一つ児玉党の出身で、越生を領地として当地に居館を作った。この写真の場所には土塁らしきものがあり、さらに山側には櫓台とも思える平場がある。北側の見晴らしは良好。

高取城遠景
●高取城→上の越生氏の詰めの城として作られたとされる山城。標高は170m程で、真後ろの大高取山に包まれているような遠望をしているため、単独の撮影が難しい城。ちっと濡れてる坂でこけてしまった。

黒岩氏館
●黒岩氏館→越生氏の支族である黒岩氏の館跡。現在は五大尊の前の境内になっている。町お手製の「黒岩氏館跡」の碑もあり、遺構があればかなり良い場所である。きっと5月にはツツジが綺麗な場所なのであろうのう。

鳴瀬氏館
●鳴瀬氏館→越生町の北側の弘法山の麓にあったとされる館跡。現在は寺の境内になっていてどれか不明ではあるが、興味を引く平場が点々とある。


田代氏館
●田代氏館→今回の探訪で一番消化不良を起してる館跡。尾根上にありそうな気がするのだが、民家の敷地内になるために今回は遠くから眺めて終り。また来る必要がありそうだ。

堂山館
●堂山館→児玉雲太夫館とも言われてる館で、現在の最勝寺であるとされている。
しかし、近くの住宅化が進んでいて、遺構を測定するのは不可能であるかもしれない。また最勝寺の境内を調べられるとまた違った結果がわかるのであろうが・・・。

越生の城山
●城山→堂山地区にある地名で、山すそを城山と呼ぶ地形があったので、気になって行ってみる。しばらく山を進むと山中に謎の平場があり、明らかに人の手で削平されたような場所があった。水の便が良いので昔の耕地の可能性もあるが、ここもなんらかの遺構があった可能性は0ではない。現在杉の木が自生している。

城山と思えし場所の平場(祠付き)
それだけでは不自然な点があったので、車で尾根上まで行き、そこから藪を潜って山頂付近にいってみた。すると地名は上谷になるが、単独峰で山頂に平場があった。尾根には堀はなく、小さな祠がある程度である。下の平場の見張り台の役割をしていた可能性もあるが、地形的に眺望は効かない場所にありそうだ。


龍穏寺
それから龍穏寺に行ってみる。山中にあって谷川が岩を削りながら流れていて、その音色が寺の雰囲気をより荘厳なものにしている気がした。

それから山へ進んで行き、飯盛山と羽賀山の尾根続きへ行く。ここもホリキリという気になる地名を見つけたからである。行ってみるとそこには堀らしいものはある、しかしこれを堀切とは断言できない。なぜなら峠道になっていてその際に削られた尾根の可能性が極めて高いからである。西側に小さな堀切、東側には大きな堀切が山道を作る為に作られたが如くある。しかし、平場が見つからず、かろうじて羽賀山に狼煙用の穴と思える直径50cmの穴を見つけることしかできなかった。この山も見通しのよさから狼煙台の役割を果たしていても不思議ではない。標高が566.5m。

●橋倉城→埼玉県比企郡都幾川村大野にある館跡。詳しい調査をしてないのでわからんが、舟の沢という地名からも山腹にありながらも水には困らない地帯だったのだろう。今はその遺構も畑となって、民家もある。標高が推定5~600mなので見晴らしはかなり良い。

●(推定)吾那蜆城→吾那地区にあり、山の尾根上にありながら不思議な平場が広がる場所。杉の成長振りをみると明らかに100年以上まえには使われなくなっており、平坦地も5m×20mの平場が緩やかな斜面につくられているのが不思議。北側の林道を降りると丁度太田道真ゆかりの龍穏寺に出るので、まったく関係はないといえないだろう。先に挙げた羽賀山とも沢を挟んで向かい合っているので、正丸からこの場所を経由して羽賀山に狼煙で伝えていた可能性は充分ありえる。もちろん狼煙を上げるだけの施設だから平場だけで充分だった可能性は高い。

なんて山道をトータルで5時間しか歩いていないはずなのに足が痛い。体を鍛えないと山城を探訪するなどできぬのう。



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