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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
最近、城館探訪をろくにせず図書館で資料集めばかりになっております。

しかしまだまだ出てくる遺構まがい地に、我が心はときめくばかり。
今回は『武蔵國郡村誌』を参照に、またも怪しげな地名を発見。
ところが字地の書き方が「●●の東で東西3町南北3町60間」という書き方ばかりで
具体的な場所や地図を明記していない。
ので、場所の推定に苦労する事に。
でも更なる情報が入手できた事は、大変よかった。

また小字名を調べる時間が多くなりそうな予感である。
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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
今日は以前から「城跡ほっつき歩き」の管理人である和平様にご招待されていた「軍師山本勘助の虚像と実像」という講演会にご招待されたので行く事に。
しかし、ただ開催地が所沢市に近いこともあり、以前から調査を進めていた各城館まがいの調査を向いながらする事にした。

●義貞砦(狭山市)
県道沿いにある見事な土塁の一部を改めてじっくり拝見。
改めて見てみると一つの土塁ではなく、2段構えをもった土塁である事が分かった。
次回は狭山市内の調査を中心に行うので、一通り拝見したのだった。

●柏原城(狭山市)
堀底に放置されていた巨大ゴミが殆ど撤去され、不法投棄を警告する看板が設置されていた。
狭山市内においてもっとも巨大な中世遺構が残されている場所だけに、もっと周辺住民の方々に親しみのある遺構になってくれる事を期待する所。

●東三ツ木館(狭山市)
ここも寄ろうと思いつつ通過してしまった。
近くに鎌倉街道堀兼道の分岐点である加佐志地区があるだけに、もう少し場所の推定をしておかなくてはならない地区かも知れない。

●馬智屋敷(狭山市)
青柳地区の小字に「馬智(まち)屋敷」や「新屋敷」の地名を残す。
ここも調査をしようと思ったが何故か通過。おそらくは江戸期の名主屋敷か?

●日比田中丸(所沢市)
中丸といわれる地区は窪地になっているようにも思えるが、
真相はもう少し調査がいるかも知れない。
字向山には周囲を見渡せる丘があり、中丸と称するならこちらが適切な様な気もする。
現地は私有地である雑木林と墓地になっていた。

●日比田屋敷(所沢市)
国道463号(浦所バイバス)沿いに日比田の交差点があり、
その西側に「屋敷前」の小字がある。
北には小川が流れ、更に北の集落の片隅に小さな土塁状の土盛を発見す。
これがその屋敷を指す遺構の一部かは疑問であった。

●坂之下館(所沢市)
「館出」という地名が実は結構自分では所在地が把握できてなかった事が現地に着いて分かった。
現地は河段丘になっている箇所がいくつかあり、もう少し焦点を絞る事が必要とされるであろう。


そうして周っている内に三芳町立歴史民俗資料館に到着す。
開催時間までしばし時間があったので手持ちの資料を読み直していたら目の前に見覚えのある車が・・・
度々我が城館調査で貴重なご意見をいただく「城逢人」の管理人である史進様であった。
先月の群馬県五覧田城訪問以来の再会で、共に和平様に誘われて講演会へ。

講師は山梨県史編さん室主査でご活躍の平山優氏で、今回の講演会の為にはるばるお越しくださったとの事。今年の1月末に嵐山で行われたシンポジウムが仕事の関係でいけなくなったので、歴史関連の講演会はこれが生まれて初めての体験となった。
そういった意味で、午後2時からの講演会は実に貴重な体験をする事ができた。


その後和平様を加えた三人で今後の城館探訪(主に群馬方面)の歓談をした後、史進様と共に所沢市内の城館まがい地を二人で調査する事になった。
先に行った日比田屋敷の土塁であるが土の高まりが一区画(約20mか)が余りにも狭いので、この辺りがどうしてこうなったのかが問題となった。やはり一人で城館跡を見るより目の肥えた二人や複数で見る方が充実した意見が出て良いのがよく分かった。


●牛沼屋敷(所沢市)
古木の生えた一区画を共に歩く、北東の方角(鬼門)に神社を配置して、南には古道が延びている事と、周辺がいたってなだらかなことから江戸期の名主屋敷という説をもっていたが、史進様の意見では中世の土豪がそのまま名主になっている事から中世からの遺構の可能性も考えられると教えていただけた。

●荒波多氏館(所沢市)
今回は北秋津城(大堀山館)は通過し、遺構が喪失している荒波多氏の館跡推定地へ。
荒幡の交差点北側集落に幅100m近くの突出した丘陵があり、現地を史進様にもご覧いただき貴重なご意見をまた頂く事ができた。

●海谷(かいと)館(所沢市)
椿峰小学校の北側、無量寺の東のあたり(北野字海谷)には戦前まで中世の土塁があったという。現地は山口城の北に位置し、鎌倉街道の枝道が近くを通過している点。また丘陵を越えて北側に視界が開けている事から山口城の出城の役割を果たしていたのではいかと推定。遺構所在地と思われる周辺は既に宅地開発が完了しており、地形的な高低差しか判断できなくなっていた。


ここで日没し真っ暗になったのでお開き。
今回の講演会にお誘いいただいた和平様、城館まがいへの貴重なご意見をいただいた史進様に深く感謝をする所である。
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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
今日はへたばり、なかなか起きれなかった。折角城館跡を見に行く日だというのに・・・無念。

かくして遅くなりながらも家を出ていざ群馬県藤岡市へ。
詳しい内容は↓
今日行った藤岡市の城館跡

さて、その後七輿山古墳(国宝)というのを見に行った。
むむ?この丘陵部より離れた地形といい、古墳上からの眺望といい、物見用の砦に相応しいではないか。
↓何気に堀切らしいのも上にあるし・・・
堀切に見えてしまう・・・。

しかし「古墳」としてのステータスの方が上で、中世頃にも使われた可能性まで追求するとは思えない(笑

そのまま南に歩いていき、新しくできた藤岡市の歴史館を訪ねる。
駐車場がえらい広く感じられる歴史館。

古墳が集中する中にポツンと建っており、本当は隣に博物館も建てる予定だったらしいが、予算の関係で凍結しているようだ。取りあえず中に入ってみる。

古墳群の中に建てただけあり、古墳時代の土器などが中心で中世城館については平井城と平井金山城が載っているに留まった。
折角藤岡市の歴史関係者の居られる施設に入ったので、藤岡市内の城館跡の探訪方法についてちっと尋ねてみた所、ご丁寧に応答していただけた。閉館間際なのに色々とお教え下さり感謝でございます。

その後藤岡市の図書館へ。
結構資料が多く読んでいる内に時間が迫ってしまった!果たして間に合うのであろうか?
ここは職員さんがコピーする方式を取っており、ページ数が多いのにも関わらず頑張ってコピーして下さるが、とうとう閉館時間である19時に・・・それでも20分ほどコピーして下さった。本当にありがとうございます。

それにしても今日は遅れて家を出た為か、各施設の職員の方にご迷惑をおかけしてしまった。この事を反省しつつ、藤岡市の城館探訪がより実りある物にしていかねばと思う儀一であった。
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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
・・・行った訳ではなく、本日のターゲットは八王子市立歴史資料館でございます。

八王子への進行ルートはまず青梅に赴き、それから滝山街道を南下し、途中より高尾街道を用いて進行するのが手前の常套手段。でもこのルートを使って八王子等の東京都に赴くのは実に数年ぶりか。
戸吹城の近くにできたトンネル

あまりにも数年ぶり過ぎて戸吹城の直下(一般的には東京サマーランド近くと言った方が通りがい)に国道用の巨大トンネルが完成していた。流石は東京都、財力があるのでトンネルをガンガン作ってくれております。

そんな通った事もないトンネルを抜けたからかは分からないが、思い切りいつものように高尾まで行ってしもうた。ふむ、仕方ないので高尾山の麓の売店にて天狗の面を買ってくる事にした。
高尾山麓の商店街

さすがは東京都民の憩いの場である高尾山だ。雨が降るかも知れないという天気でも幾人かのハイカー達が路を行き交っていた。っと有料駐車場も1000円も取るので売店前に堂々と駐車をしお買い物(駐車禁止の標識があったかも知れんが後の祭りだな)
人が被れるサイズの面で1200円だったので購入決定。木の温もりを感じる木彫りの面もあったが今回は見送り。売店の方とちっと話をしたら高尾山で一番空いている曜日は実は金曜日なのだとか。ふむ、登りに来るとしたらこの空いている日を狙うといいかものう。

無事天狗の面を入手した手前は八王子市の歴史資料館へ赴く。市内なので大渋滞に巻き込まれるかと心配したが、そんな心配もなく資料館近くへ・・・ところが、駐車場がどこも満車状態で駐車できず。止むを得ず南にある富士森公園に駐車して訪問に成功した。
八王子市立郷土資料館

内部では「城逢人」の史進様の情報通り、「八王子城と北条氏照」という特別企画展が開かれていた。ところが遺物と古文書、それに八王子城と滝山城の復元縄張図が展示してあるに留まり、八王子城周辺の城館跡については触れられていなかったのが非常に残念だった。支城あっての八王子城なのだから扱っても良さそうなのだが・・・。
と言いつつ資料を拝見できるとの事なので、閲覧室にて資料を見てしまった。ああ、いつの間にか時間は午後2時に・・・実は夜から仕事なので、帰り道に一箇所どこかに寄ってから帰ろうと思い、郷土資料館を後にした。

さて、唐突ではあるが旧五日市町にも郷土館なる施設があるので、秋川街道を西進し、新小峰トンネルを抜けて旧五日市町へ。地図を見ると警察署の近くにあるようなのでグルグルと回るが・・・入り口が見つからず、運良く警察署のまん前にお巡りさんが待機していたので道を尋ねてみたら、どうやら警察署の真裏にあるようだ。
旧五日市町の郷土館

見事に警察署の真裏なので何度も表の街道を往復しつつやっと到着。
入って見るとなんと、JR五日市線の前身である五日市鉄道についての企画展が開かれていた。何気にこの鉄道、拝島~立川間が青梅線と被るので廃止になっていたのだが、結局どの辺りがかっての路線だったのか知らなかったので非常に面白かった。しっかり地図に旧路線と駅を書き込み写真も見れて大満足。何気に立ち寄ったのだが思わぬ収穫に驚く。
かくして城館関連の資料を探してみると・・・おお!!あの「埼玉の古城址」の著者である中田正光氏が随筆された「郷土あれこれ」#7と9があるではないか。五日市の城館跡について結構書かれており、これもまた大収穫。
更に資料室の蔵書の多さも見させてもらい、ここは結構穴場だと思い郷土館を後にする。

帰り道は見事な雨であったが、それなりの成果があったので満足。問題はこれらの資料を今後いかに生かすべきか・・・だのう(汗
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DATE: CATEGORY:図書館・資料館・博物館
今日は休みの日だが雨降りだろうと思い久々の図書館通いとなった。行き先は鶴ヶ島市立図書館。で、鶴ヶ島市の中世に対する情熱はなかなかあるものだと資料を調べて思った。いずれ手前も三ツ木屋敷に足を踏み入れてみたいものよ。

と言いつつ帰り際に資料探しをしていてムラっと来た高倉砦の前身というべき「古屋敷」を捜し求めて新所沢変電所へ。
・・・こりゃほぼ遺構が無いと見ていいかも知れん(汗
新造された住宅街が若干高台になっており、これが開発前にはどんな地形をしていたのか・・・既に手がかりは過去の世界に・・・。

お口直しに高倉砦の土塁を見に行く。それで改めて思ったのだが、南側に土塁らしき高まりがあるのだが、あれは高倉砦の遺構の一つなのではないだろうか?1950年に調査した結果を比較すると南側に東西に伸びる土塁と堀があったそうだが、それに該当しないか考えてみた。だがそうすると南北に走る道路が少しずれて図面と異なってくる・・・。
改めて高倉砦については調査をする必要があるかも知れない。

夜はお仕事、行ってこよう。
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